テクノロジーの発達やそれに伴うシェアリング等のサービス提供形態の多様化によって、私たちのあらゆる生活シーンが「便利」になってきています。その影響は当然ながら子ども達のサポート基盤にも影響しており、教育支援の高度化や育児サポートの多様化など様々な形でその恩恵を受けることができるようになってきています。
一方で、子どもが思わぬ形で様々な犯罪の被害に遭ってしまうケースも、日々多様化しているのが現実です。特に性犯罪は非常に深刻な事態であり、子ども達と接するあらゆるシーンにおいて、大小様々なリスクが存在すると言えます。
本記事では「子ども×eKYC」という切り口で、子どもの未来に関わる仕組みづくりにおいて本人確認及びeKYCが貢献できるポイントをご紹介していきます。
子ども×eKYCの重要トピック「DBS」
子ども×eKYCを考えるにあたって、昨今で最も重要なトピックの一つが、我が国における「日本版DBS(Disclosureand Barring Service)」制度の整備と言えます。日本版の説明に入る前に、まずは本家DBSであるイギリスの制度について見ていきましょう。
DBS(Disclosureand Barring Service)とは
DBSとは、主に子どもや高齢者といった社会的弱者に関わる仕事の担当者が“適切な人物であるかどうか”をチェックするために2012年に設立された、イギリスの司法省が管轄する公的制度です。学校や保育施設、チャイルドマインダー(英国発祥の子どもの保育に関わるプロフェッショナル)など、18歳未満の子どもに接するような施設や事業については、一部の例外を除いてOfsted(Office for Standards in Education:教育水準監査局)と呼ばれる機関に登録することが義務付けられています。その際に、このDBSから発行される証明書(邦訳で「無犯罪証明書」)が必要になります。
Ofstedへの登録手続きの流れは、こちらのOfsted DBS Applicationサイトを通じて確認できるようになっている。ステップ1では対象となる職種(ボランティア含む)について、ステップ2ではDBS申請と決済について、ステップ3では本人確認について、そしてステップ4では以降の手続きについて、それぞれ解説されている
以前は、特定の職種やボランティア活動への参加を検討する際に使用されていた犯罪記録チェック機関「CriminalRecordsBureau(CRB)」と、子ども・高齢者等と接する可能性がある人々をモニタリングし必要に応じて介入する「IndependentSafeguardingAuthority(ISA)」がそれぞれの所管で対応していましたが、複数の事件発生に伴い統合の機運が高まり、2012年にDBSが設立。対応機関及びオペレーションが統一化されたことで、より実効的な制度になったという経緯があります。DBS制度では、過去に犯した犯罪に関するデータベース参照はもちろん、子どもや社会的弱者を対象とする仕事には不適切と考えられる行動に関する「通報」も記録され、登録時の判断材料になります。
このイギリスのDBSを参考に、ドイツやフランス、フィンランド、ニュージーランドなどが同様の制度を構築しているという状況です。
日本版DBSとは
日本も同様に、イギリスのDBSを参考にして、こども家庭庁が「日本版DBS」の創設を目指しています。2022年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)2022」にて、「教育・保育施設等にお いて働く際に性犯罪歴等についての証明を求める仕組み(日本版DBS)の導入」が明記され(13頁)、子どもと接する従業員を対象にした、過去の子どもへのわいせつ行為・性犯罪歴等をチェックする仕組みの導入を検討している段階です。
そもそも、現状の日本においては無犯罪証明に関する制度は存在せず、例え性犯罪者であっても子どもと接する仕事に就くことができてしまい、性犯罪等の抑止の仕組みとしては脆弱な状況と言えます。例えば教育現場で児童にわいせつ行為を働いて懲戒免除になったとしても、保育の現場であれば引き続き働くことができ、教員であれば3年、保育士であれば2年で、それぞれ復職できるのが現在の日本の状況です。
このような状況下において保護者を中心に一刻も早い日本版DBS導入の声が上がっている一方で、悪質な性犯罪者から子ども達を守るための府省庁の壁を取り払った包括的な立法に向けた慎重な検討が必要であることが本質的な課題として存在すること等を背景に、本記事を執筆している2023年秋の臨時国会への法案提出は見送る形となっています。
DBS制度では本人確認が前提になる
イギリスのDBSやその他の国のDBS準拠の制度にあるように、無犯罪証明書を取得する際には、当然ながら必ず本人確認の実施が求められます。日本版DBSの場合も然りです。
これまでの性被害ニュースを見ていると、被害対象にジェンダーは関係なく(女の子に限らず男の子も被害に遭う)、顔見知りから被害を受けることも多いのが現状です。教育現場や保育現場のみならず、民間企業による子ども向けサービスや、場合によっては家庭内においても事件は発生します。性被害に限らず内容にはグラデーションがあるわけですが、このような事実があるからこそ、子どもの身近にいる人物のチェックが重要だと言えます。
もちろん、本人確認やDBSのようなリスクチェックは完璧な策ではありませんが、先述した性犯罪等の抑止手段としては有効と考えられます。
子どもの本人確認で考えるべき2つの側面
子どもの本人確認という視点で考えると、DBS制度のように子どもに関わる人物の本人確認の他に、子ども自身の本人確認が必要であるケースも想定されます。
子どもに関わる人物
まず子どもに関わる人物としては、以下のような職業やボランティアのスタッフが考えられるでしょう。
- 教育現場における教員や保育現場における保育士、その他スタッフ
- その他公務員/行政職員(児童センター職員等)
- 習いごとの先生やスタッフ(塾、学童、運動スクール、音楽教室等)
- ベビーシッターやナニー、家事代行等サービスのスタッフ
- 医療従事者
- 遊園地や映画館等の娯楽施設のスタッフ
- その他ボランティアスタッフ(PTA、交通整理等) 等
教育現場や保育現場、習い事、各サービスのスタッフなどは想像しやすいでしょう。それ以外にも、行政職員や医療従事者、各種娯楽施設のスタッフ、さらには地域のボランティアスタッフも、子どもとの接点が十分に考えられる職業として、と登録時など事前に本人確認を実施することが望まれます。
子ども自身の本人確認
続けて、子ども自身の本人確認が必要なケースとしては、以下のような内容が考えられます。
- 各種サービス利用時における年齢確認(デジタル空間でのペアレンタルコントロールやマッチングサービス等、電動キックボードの年齢制限、飲酒、喫煙、ECサイト等における年齢制限・学割適用等)
- オンラインでの受験や学習における本人確認
- 交通サービスにおける小児運賃や住民割等の適用
- 子育て支援など行政サービスの申請時における本人確認 等
例えば、昨今の恋活・婚活シーンでの活用が一般的になっているマッチングアプリ(インターネット異性紹介事業者の一種)では出会い系サイト規制法に準拠して、児童でないことの証明として、18歳以上の者であるか否かの確認が義務付けられています。詳細は以下の記事も併せてご参照ください。
▶️出会い系サイト規制法とは。マッチングアプリや婚活サイト事業者に必要な本人確認の要件を解説
また電動キックボードの利用においても、道路交通法に準拠して16歳以上の者である必要があることから、事業者がレンタル時において年齢確認を実施しています。(2023年7月の道路交通法の改正により、運転免許は必須ではなくなりました)こちらについても、詳細は以下の記事も併せてご参照ください。
▶️カーシェア・ライドシェアで求められる本人確認要件とは?各業態に沿ったeKYC活用方法を解説
なお、子どもの身分証としては、これまでは保険証が多い状況でしたが、今後は顔写真や電子証明書付きの「マイナンバーカード」がメインになることが想定されます。
子ども達のために使えるeKYC手法4選
今後、本人確認は対面以上にオンラインでの実施が増えることが想定されます。ここでは犯罪収益移転防止法施行規則六条1項1号に記載されている手法の中から、利用頻度の多いものとして3つのオンライン本人確認(eKYC)手法と、より簡便なeKYC手法についてご紹介します。
犯収法「ワ」の手法(公的個人認証)
「ワ」とは、マイナンバーカードにあるICチップをスマートフォンにかざすことで本人確認を進めるという、J-LIS(地方公共団体情報システム機構)が提供する公的個人認証サービスを用いた本人確認手法です。
「ワ」の要件では、利用者クライアントソフトおよびICカードの読み取り専用デバイス、もしくは読み取り対応スマートフォンアプリを通じて、マイナンバーカードへの電子証明書の記録を行い、その上で公的個人認証サービスを通じてオンライン本人確認を完了させるという流れになります。
スマートフォンアプリへの組み込みなど利用ハードルが高い要件ではありますが、TRUSTDOCKによる身分証アプリのようにスマホでマイナンバーカードが読み取れるアプリがあれば、およそ10秒程度で本人確認が完了するため、マイナンバーカードを持っているユーザーにおいては完了までのスピードが最も早く、セキュリティ対策も高い手段となっています。
マイナンバーカードの交付枚数も増えており、今後最も活用機会が増える手法になってくることが想定されます。
「ホ」の手法(写真付き書類の写し1点+容貌)
「ホ」の撮影フロー(Webカメラ)
「ホ」の撮影プロセス(TRUSTDOCKアプリ)
「ホ」とは、顧客から写真付き本人確認書類画像と、本人の容貌画像の送信を受けるという手法です。写真付き本人確認書類の写し画像1点と、本人の容貌を撮影した画像データ1点が必要になります。
いずれの場合も、身分証等の“原本”を直接撮影したものを、原則として“撮影後直ちに送信”させる必要があります。よって、例えばあらかじめスマホのカメラロール等に入っている運転免許証画像をアップロードするのはNGですし、運転免許証をコピーした紙を撮影するのもNGです。
また身分証については、ただ表裏を撮影するのではなく、その身分証が原本であることを示す特徴、例えば運転免許証の場合は厚みだったり、パスポートの場合はホログラムだったりを含めて写す必要があるとされています。
ちなみに、静止画の撮影以外にも動画やオンラインビデオ通話機能を利用する方法も可能とされているので、例えばeKYCソリューションを提供するTRUSTDOCKでは、本人確認書類の表・裏の画像のみならず、カメラの前で書類を傾けるなどして厚み等を確認するなどの確認フローをソリューションとして設計しています。具体的な使い方については、以下の動画をご覧ください。
犯収法「ヘ」の手法(ICチップ情報の送信+容貌)
「へ」とは、顧客から写真付き本人確認書類のICチップ情報と、本人の容貌画像の送信を受ける手法です。身分証等に埋め込まれたICチップ情報と、本人の容貌を撮影した画像データ1点が必要になります。
普段は意識しないICチップですが、実は運転免許証であれば中央付近に埋め込まれており、NFC等の無線通信技術を使って、ICチップの中にある氏名・住所・生年月日・性別・写真情報等を読み込むことになります。
運転免許証の場合、その取得時に設定したピンコード(暗証番号)を入力する必要があるため、ピンコードを覚えている必要がありますが、一方で原本の違法コピー等によるリスクも回避できることから、より安全・安心に配慮した手法であるとも言えるでしょう。
より簡便な手法(公的身分証の送信のみ)
ここまでの3手法は犯罪収益移転防止法に準拠した厳格な本人確認のためのものであるのに対して、もう一つよく利用されているのが、より認証強度を低くした“簡便な”eKYC手法です。これは、本人確認の方法が定められていない法律の規制を受ける事業者や、業界団体および自社による自主確認としての本人確認を実施している事業者のようなケースにおいて多く採用されています。
こちらは、個人身元確認情報として公的身分証を提出するという部分だけをオンライン化したeKYCのフロー図です。例えばTRUSTDOCKのeKYCソリューションでは、本人確認書類の写し画像の送信や本人の容貌を撮影した画像データの送信など、必要な情報の送信を任意の設計で受けることができる仕様となっています。
「子ども×eKYC」の事例
最後に、子どもに関わるサービス等で実際にeKYCを導入している事例、及び子ども自身の本人確認用途でeKYCを導入している事例について、それぞれTRUSTDOCKのケースをご紹介していきます。
子どもに関わる人物へのeKYC①:家事代行サービス
家事代行サービスでは、スタッフの方がユーザーの自宅等にてサービス提供をするという特性があることから、スタッフとユーザーの双方にとっての安全安心に向けて、それぞれについてしっかりと本人確認を実施する事業者が増えています。
こちらについては、以下の導入事例をご覧ください。
▶︎家事代行アプリの本人確認をeKYCで実現:ベアーズ様事例
子どもに関わる人物へのeKYC②:マッチングアプリ
先述のとおり、マッチングアプリのようなインターネット異性紹介事業者には、以下2点いずれかの手法をもって、ユーザーの年齢確認の実施(18歳以上か否か)が義務付けられています。
- インターネット異性紹介事業を利用するユーザーの運転免許証、国民健康保険被保険者証、その他の年齢または生年月日を証する公的書類のうち、「年齢または生年月日」「書面の名称」「書面の発行・発給者の名称」にかかる部分を提示し、その写しの送付または画像の送信を受けること
- クレジットカードでの支払いなど、児童が通常利用できない方法によって料金を支払う旨の同意を得ること
こちらについては、以下の導入事例をご覧ください。
▶︎ユーザーの安全・安心が最重要。新マッチングアプリのローンチに併せてeKYCを導入したオミカレの事例
子ども自身へのeKYC:講習・試験のデジタル化
こちらはまだ着手前の段階となりますが、政府のデジタル臨時行政調査会の取組みである「講習・試験のデジタル化を実現する製品に関する公募結果:トラストを確保した学習管理システム」として、TRUSTDOCKが選定されています。
例えば講習の受講申込み時や資料/レジュメ等のダウンロード時、試験の受験時等において、eKYCを活用した遠隔での本人確認の実施を想定しています。
今後ますますサービス提供者による「犯罪の抑制に向けた取り組み」が大切になる
子どもに関わる事業を提供する事業者や団体、および行政としては、日本版DBSのような動きも踏まえて、今後ますます本人確認等によるリスクの抑制が重要な施策になってくるでしょう。
そんな中TRUSTDOCKでは、“本人確認のプロ”として、様々な事業体のKYC関連業務をワンストップで支援するAPIソリューションを提供しており、またデジタル身分証を通じていつでもどこでも、どのような状況でも、身元確認をすることができ、誰でも適切な各種サービスを素早く受け取れる世界を目指しています。
また、日頃から関係省庁・関係団体等と連携し、社内や特定の業界に閉じない議論を行い、今後のデジタル社会に必要なeKYCサービスの提供、社会への情報発信等に積極的に取り組んでいるほか、eKYCサービスに関する新たなルールづくりを進めています。
KYCのような本人確認領域や業務プロセスのデジタル化についてご不明点がある場合は、どうぞお気軽にご相談ください。
なお、eKYCソリューションの導入を検討されている企業の方々や、実際に導入プロジェクトを担当されている方々のために、TRUSTDOCKではPDF冊子「eKYC導入検討担当者のためのチェックリスト」を提供しております。eKYC導入までの検討フローや、運用設計を行う上で重要な検討項目等を、計12個のポイントにまとめていますので、こちらもぜひご活用ください。
書籍『60分でわかる!デジタル本人確認&KYC 超入門』
TRUSTDOCKでは、デジタル社会で不可欠な基盤となる「本人確認」について図解でわかりやすくまとめた書籍『60分でわかる!デジタル本人確認&KYC 超入門』(技術評論社)を、2023年7月15日(土)より全国の書店・オンライン書店で発売開始しました。
デジタル技術を活用した本人確認(デジタル本人確認)に関する基礎知識、マイナンバーカードを含む本人確認書類の特徴、セキュリティ問題などを整理し、公的利用や民間事業者の最新活用事例まで紹介していますので、ぜひ書店等でお手にとってご覧ください。
▼書籍概要
- タイトル:60分でわかる!デジタル本人確認&KYC 超入門
- 著者:株式会社TRUSTDOCK 神谷 英亮、笠原 基和、中村 竜人、渡辺 良光
- 出版社:技術評論社
- 発売日:2023/7/15
- 言語:日本語
- 単行本(ソフトカバー):152ページ ※Kindle版(電子書籍)も発売いたします
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(文・長岡武司)