多くの方が日々の生活で感じているとおり、ここ数年におけるデジタル化の波は止まることを知らず、ほぼ全ての産業でDX(デジタルトランスフォーメーション)推進の動きが加速しています。
それに付随して、レギュレーション(規制)サイドでの「法改正による取引のオンライン化の解禁」の動きも増えています。その先駆けとなったのが、2017年12月に施行された不動産特定共同事業法の改正です。ここで「小規模不動産特定共同事業」という概念が創設され、不動産投資型クラウドファンディング(以下、不動産クラウドファンディング)の事業者要件が緩和されることになりました。
本記事では、この不動産特定共同事業法のあらましやこれまでの法改正の経緯、本人確認に付随する動向、そして上述した不動産クラウドファンディング事業者が考えるべきeKYC要件等について、それぞれ解説します。
不動産特定共同事業法とは
不動産特定共同事業法(FTK法)とは、その名のとおり「不動産特定共同事業」と呼ばれる事業体について、適正な運営の確保と事業参加者の利益の保護を通じて、健全な発達に寄与することを目的に定められた法律です。通称「不特法(ふとくほう)」とも呼ばれています。
施行の背景にあるのは、バブル崩壊に伴う「不動産小口化商品」取り扱い企業の倒産ラッシュです。不動産小口化商品とは、高額な不動産を分割して小口化し、複数の投資家から出資を受けるなどをして集めた資金で収益不動産を取得・運用する商品のこと(※)。バブル以前の1980年代より販売が急増したものなのですが、バブル崩壊に伴い経営基盤が脆弱な同商品の取り扱い企業が次々と倒産したことから、多くの投資家が損失を被ることとなりました。
このような背景から、1995年4月に不動産特定共同事業法が施行されることとなりました。つまり、同法は不動産投資家保護を目的にしたものだと言え、より社会のトレンドに合わせる形で、2013年と2017年に一部法改正を実施し、また2019年には不動産クラウドファンディングの一層の活用促進等を図るための施策を発表・実施しています。
※不動産小口化商品には、この他にも、信託財産となる不動産から発生した利益を受け取る権利を小口化した金融商品(不動産信託受益権)を活用したものもありますが、本記事では言及しません
不動産特定共同事業とは
不動産特定共同事業とは、地域の不動産業者等が不動産小口化商品等を通じて投資家から出資を募って不動産を取得し、リノベーション等を行って賃貸、売却等を行い、その不動産運用から得られる収益を投資家に分配する行為のことです。不動産特定共同事業法の施行後は、国土交通大臣または都道府県知事の許可が必要となったことから、より健全性の高い事業者だけが同事業を営めるようになりました。
任意組合型と匿名組合型と賃貸委任契約型
ちなみに、この不動産特定共同事業には、大きく分けて「任意組合型」と「匿名組合型」、それから「賃貸委任契約型」の3つの契約類型があります。
任意組合型とは、事業者が投資家と任意組合契約を締結して進める不動産特定共同事業の一形態です。具体的には事業者が、組合の代表として投資家が出資した金額に応じた不動産の共有持分を購入し、その共有持分を組合に対して現物出資するというものです。
一方で匿名組合型とは、事業者が投資家と匿名組合契約を締結して進める不動産特定共同事業の一形態です。具体的には、事業者が営業者に、投資家が匿名組合員になって、営業者の行う事業に出資をする契約を締結し、保有不動産の賃貸等で得た収益を両者の出資割合に応じて分配するのです。後述する不動産クラウドファンディングは、後者の匿名組合型に属する事業形態と言えます。
また、賃貸委任契約型とは、対象不動産を共有する事業者と各投資家との間で、投資家がその共有に属する対象不動産を事業者に賃貸又は賃貸の委任をする契約を締結した上で、事業者が対象不動産を運用することで各投資家に収益の分配を行うというものになります。
2013年法改正で登場した「特例事業」
2013年法改正には、これに加えて「倒産隔離型スキーム(特例事業)」が導入されました。これは、耐震性の劣る建築物の耐震化や老朽不動産の再生への民間資金の導入促進を通じて、地域経済の活性化と資産デフレからの脱却を図るための措置として設置されたものです。これにより、投資適格不動産の供給とそれに伴う不動産取引の活発化が期待され、併せて一定の要件を満たす特別目的会社(SPC)も、不動産特定共同事業を営むことができるようになりました。
画像:2013年法改正前に国土交通省より提示された資料(不動産特定共同事業法の一部を改正する法律案)より
不動産特定共同事業者の種別と要件
ここで、不動産特定共同事業者の種別と要件についてまとめます。不動産特定共同事業者については、第1号事業者から第4号事業者までが種別として定義されています。
種別 | 定義 | 必要な資本金 |
第1号事業者 | 投資家との間で不動産特定共同事業契約を締結して、当該契約に基づき営まれる不動産取引から生じる収益又は利益の分配を行う事業 | 1億円 |
第2号事業者 | 不動産特定共同事業契約の締結の代理又は媒介を行う事業(第4号事業に該当するもの及び適格特例投資家限定事業に係るものを除く) | 1,000 万円 |
第3号事業者 | 特例事業者の委託を受けて、当該特例事業者が投資家との間で締結した不動産特定共同事業契約に基づき営まれる不動産取引に係る業務を行う事業 | 5,000万円 |
第4号事業者 | 特例事業者が当事者になる不動産特定共同事業契約の締結の代理又は媒介を行う事業 | 1,000万円 |
また、これらいずれについても、以下の要件を満たすことが求められています。
- 主務大臣又は都道府県知事による「許可」
- それぞれの種別に応じた資本金
- 宅地建物取引業者免許を受けていること
- 不動産特定共同事業を営むための必要な財産的基礎があり、かつ適切に事業を遂行できる人的構成があること
- 不動産特定共同事業契約約款の内容が基準を満たすものであること
- 事務所ごとに「業務管理者」を配置していること(不動産特定共同事業の業務において3年以上の実務経験を有する者、公認不動産コンサルティングマスター、ビル経営管理士、不動産証券化協会認定マスター)
※不動産特定共同事業者許可の一覧はこちらをご参照
2017年法改正で登場した「小規模不動産特定共同事業」
ここまでご覧いただいたとおり、不動産特定共同事業を営むためには、不動産特定共同事業法に基づく「許可」を原則として取得する必要があり、比較的ハードルが高いのが課題としてありました。
これに対して2017年に法改正がなされ、「小規模不動産特定共同事業」という事業体が新設されました。こちらでは、資本金や出資金などの参入要件が緩和され、また国交省による許可制度ではなく「登録更新制」(5年)に変更されたので、より中小規模の事業者が参入しやすい環境になりました。
国土交通省が発行する「小規模不動産特定共同事業パンフレット」記載の「想定される小規模不動産特定共同事業の活用例」
小規模不動産特定共同事業者の種別と要件
具体的には、小規模第1号事業者と小規模第2号事業者の2つの種別が定義されており、それぞれ以下の登録要件が課されています。
- 主務大臣又は都道府県知事による「登録」(5年ごとの更新)
- 資本金(小規模第1号事業者:1000万円、小規模第2号事業者:1000万円)※小規模第1号事業者は「第1号事業者」と、小規模第2号事業者は「第3号事業者」と同じ定義
- 投資家一人あたりの出資額及び投資家からの出資総額がそれぞれ原則100万円、1億円を超えないこと
- 純資産 ≧(資本金又は出資の額×90/100)
- 宅地建物取引業者免許を受けていること
- 不動産特定共同事業を営むための必要な財産的基礎があり、かつ適切に事業を遂行できる人的構成があること
- 不動産特定共同事業契約約款の内容が基準を満たすものであること
- 事務所ごとに「業務管理者」を配置していること(不動産特定共同事業の業務において3年以上の実務経験を有する者、公認不動産コンサルティングマスター、ビル経営管理士、不動産証券化協会認定マスター)
※小規模不動産特定共同事業者登録の一覧はこちら
不動産クラウドファンディング事業の環境も整備
またこれに併せて、不動産クラウドファンディングに対応した環境の整備も進みました。不動産クラウドファンディングとは、インターネットを通じて投資家から資金を集め、不動産を賃貸ないしは購入し、賃貸料のようなインカムゲインや売買益のようなキャピタルゲインを投資家へと分配する不動産投資手法です。
具体的には、不動産特定共同事業の契約における「電子処理」が可能となったので、電子取引業務を的確に遂行するために必要な体制を整備した上で国土交通省による許可等を受けることで、不動産クラウドファンディング事業を行うことができるようになったのです。
※この他にも、良質な不動産ストックの形成を推進するための規制の見直しとして、プロ投資家向け事業の規制の見直しや、特別目的会社を活用した事業における事業参加者範囲の拡大も併せて実施されましたが、本記事では言及しません
ここまでの内容(2017年法改正までの内容)をまとめたものが以下となります。
画像:国都交通省「不動産特定共同事業(FTK)の概要について」より
2019年発表の施策および施行規則改正の概要
さらに2019年3月29日に国土交通省は、2018年6月15日の「未来投資戦略2018」での閣議決定を踏まえて、不動産クラウドファンディングの一層の活用促進等を図って、不動産特定共同事業に関して以下5点の施策実施を発表しました(報道資料はこちら)。
- 「不動産特定共同事業法の電子取引業務ガイドライン」の策定
- 不動産特定共同事業法施行規則の改正
- 不動産特定共同事業への新設法人の参入要件の見直し
- 不動産流通税の特例措置の延長・拡充(平成31年度税制改正)
- 特例事業者の宅地建物取引業保証協会への加入解禁
ここでは、主に1〜3番の内容について説明します。
不動産特定共同事業法の電子取引業務ガイドライン
「不動産特定共同事業法の電子取引業務ガイドライン」とは、不動産特定共同事業法に基づく不動産クラウドファンディングを実施しようとする事業者が備えるべき業務管理体制や、取扱プロジェクトの審査体制・情報開示項目の明確化を目的に策定されたものです。こちらは2019年4月15日から適用開始されており、たとえば法施行規則第54条第1号の「電子情報処理組織の管理」における「顧客財産への被害防止に対する対策」として、犯罪収益移転防止法の「本人の顔の画像等を活用したオンラインで完結する本人確認手法」(いわゆるeKYC)への言及がなされているなど、非常に具体的な内容が記載されています。
画像:国都交通省リリース添付資料 別紙
不動産特定共同事業法施行規則の改正
また、このガイドラインの策定に併せて法施行規則の改正も行われています。こちらは、不動産クラウドファンディングと対象不動産変更型契約(不動産の入替を行う不動産特定共同事業契約)を組み合わせることで、個人等でも長期・安定的に不動産クラウドファンディングへと参加でき、また事業者にとっても、長期的な運用により継続的に報酬を得ることができ、投資家に魅力ある商品を組成するインセンティブが働くことが期待されて行われました。こちらもガイドラインと同様に、2019年4月15日から適用開始されています。
画像:国都交通省リリース添付資料 別紙
不動産特定共同事業への新設法人の参入について規制緩和
さらに、不動産特定共同事業への新設法人の参入要件も緩和されることになりました。
不動産特定共同事業法では、不動産特定共同事業の許可を得るためには「適確に遂行するに足りる財産的基礎」を有する必要があるとされており、申請者の財産・損益の状況が前事業年度において良好であり、また今後良好に推移することを審査することとされています。よって直前3期分の計算書類の提出を求めているのですが(規則第8条第2項第2号)、直前3期分の実績がない新設法人についての言及がなく、不動産特定共同事業の許可を得ることができるかどうかが不明瞭でした。
これに対して、そのような新設法人であっても事業の許可を得ることができるという例を、「不動産特定共同事業の監督に当たっての留意事項について」の改正によって明確化することで、新設法人であっても不動産特定共同事業に参入できることを明示的に示しました。
画像:国都交通省リリース添付資料 別紙
不動産クラウドファンディング事業者がeKYCを導入する理由2点
このような背景から、2019年より不動産クラウドファンディングという事業体が急激に増加することになったわけですが、取引のオンライン化を円滑に進めるためにニーズが高まっていったのが、先述したオンライン本人確認、すなわちeKYCの導入です。このeKYC導入において重要なポイントが、以下の2点となります。
- 犯罪収益移転防止法の「特定事業者」としての対応
- 投資家のマイナンバー取得
犯罪収益移転防止法の「特定事業者」としての対応
先述したガイドラインでも少し触れたとおり、不動産クラウドファンディング事業者は犯罪収益移転防止法の「特定事業者」としての規制を受けることになります。
この規制の中に「取引時確認」という手続きが含まれており、その中の一つとして「本人特定事項」、すなわち本人確認の実施について言及がなされています。犯罪収益移転防止法においては、2018年10月施行の改正法をきっかけにeKYC手法が追加されることになったので、ここで定義されている手法内容に則ったオンライン本人確認機能の実装が、どの事業者にとっても不可欠となっています(具体的な手法内容については後述)。
なお、犯罪収益移転防止法については、以下の記事でその成り立ちから専門用語の説明まで詳しく紹介しているので、併せてご覧ください。
▶︎ 犯収法(犯罪収益移転防止法)とは?各専門用語の意味や注意点から、定義されているeKYC手法まで詳しく解説
投資家のマイナンバー取得
もう一つ、不動産クラウドファンディング事業者は投資家のマイナンバーを取得することも求められています。同事業者のような金融商品を運用する者は、税金の納付代行に付随して「不動産等の譲受けの対価の支払調書」や「不動産の使用料等の支払調書」といった法定調書を作成し、税務署へ提出することが定められています。ここで事業者は、所得税法等によって法定調書に不動産の売主または貸主のマイナンバーを記載することが義務付けられており、それ故に、投資家のマイナンバー取得をする必要があるのです。
具体的には、不動産売買においては「同一の取引先からの売買代金の受取金額の合計が、年間100万円を超える場合」に、不動産賃貸においては「同一の取引先からの家賃・地代などの受取金額の合計が、年間15万円を超える場合」において、それぞれマイナンバーの取得が必要となります。
画像:国税庁「不動産の売主・貸主のみなさまへ 取引先へマイナンバーの提供をお願いします」より
具体的なeKYC手法(本人確認+マイナンバー取得のケース)
最後に、具体的なeKYCのやり方をご紹介します。ここでは、先述した「マイナンバーの取得も含めたオンライン本人確認の実施」のケースについて見ていきましょう。
TRUSTDOCKでは、犯罪収益移転防止法の要件に準拠したeKYC手法をAPI形式で提供しています。
また、番号法(行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律)に則り、番号確認書類および身元確認書類を確認の上、個人のマイナンバーを書き起こすというソリューション(個人番号取得業務API)も提供しています。
つまり、この犯罪収益移転防止法の要件に準拠したeKYC手法のAPIと個人番号取得業務APIと組み合わせて利用することで、本人確認とマイナンバー取得を一続きに実施することができます。例えば「ホのAPI」との組み合わせを考えた場合、エンドユーザーにマイナンバーカードを利用してもらうことで、以下のホの流れに沿って本人確認と個人番号取得を併せて実施することができます。
「ホ」の撮影フロー(Webカメラ)
「ホ」の撮影プロセス(TRUSTDOCKアプリ)
なお、ここでご覧いただいた実装内容は本の一例であり、不動産クラウドファンディング事業者は他にも様々なeKYC手法を採用して実装を進めています。詳しくは以下の記事に記載しているので、こちらも併せてご覧ください。
▶︎ 不動産クラウドファンディングで求められる本人確認要件とは?業界特有のeKYC活用方法を解説
投資家にとってより多くの健全な選択肢が増えている
今回は不動産特定共同事業法について詳しく解説しました。投資家保護の観点で不動産特定共同事業の整備が進んでいったことから、投資家にとってより多くの健全な選択肢が増えていったことがお分かりになったと思います。これに併せて、安全・安心への取り組みもより求められるようになってくるからこそ、eKYCへのニーズもますます高まっていくことが想定されます。
TRUSTDOCKでは、“本人確認のプロ”として企業のKYC関連業務をワンストップで支援するAPIソリューションを提供し、またデジタル身分証のプラットフォーマーとして様々な事業者と連携しております。インターネット異性紹介事業におけるKYCやeKYC、およびインターネット異性紹介事業に当てはまらないサービスでも本人確認業務等でお困りの際は、ぜひお気軽にお問い合わせください。
金融庁には業務内容の確認を、経済産業省とはRegTechについて意見交換し、さらに総務省のIoTサービス創出支援事業においては本人確認業務の委託先として採択されました。もちろん、警察庁には犯収法準拠のeKYCの紹介等、行政や関連協会と連携して、適切な本人確認業務への取り組みを行っています
また、eKYCソリューションの導入を検討されている企業の方々や、実際に導入プロジェクトを担当されている方々のために、TRUSTDOCKではPDF冊子「eKYC導入検討担当者のためのチェックリスト」を提供しております。eKYC導入までの検討フローや、運用設計を行う上で重要な検討項目等を、計12個のポイントにまとめていますので、こちらもぜひご活用ください。
なお、eKYCの詳細については、以下の記事も併せてご覧ください。
▶︎ eKYCとは?オンライン本人確認を徹底解説!メリット、事例、選定ポイント、最新トレンド等
(文・長岡武司)