ここ数年で、これまで対面や郵送でのやりとりが前提となっていた業種業態における、顧客コミュニケーションのオンライン化の機運が高まっています。特に2020年以降のコロナ禍をきっかけとするニューノーマル社会においては、その動きが加速したと言えるでしょう。
当然ながら通信事業領域においても然りで、いわゆる通信キャリアと呼ばれるMNO(移動体通信事業者)をはじめ、MVNO(仮想移動体通信事業者)や契約代理業者、その他電気通信事業法で定義されているような様々な電気通信事業者(以下、通信事業者)における顧客コミュニケーションのオンライン化は、非対面社会におけるマストの対応要件となってきています。
今回は、そんな通信事業者における本人確認について。各法律に準拠した本人確認要件から、法的義務がなくとも本人確認を行う事業者における具体的なeKYCの実装イメージ等について、それぞれ解説していきます。
携帯電話不正利用防止法とは
通信事業者が本人確認を実施するにあたっては、携帯電話不正利用防止法と犯罪収益移転防止法のいずれかに準拠する必要があり、まずは前者についてご紹介します。
携帯電話不正利用防止法とは、携帯電話事業者に契約者の身分証明書による本人確認を行うことを義務づけた法律です。正式名称は「携帯音声通信事業者による契約者等の本人確認及び携帯音声通信 役務の不正な利用の防止に関する法律」で、匿名の携帯電話が振り込め詐欺等の犯罪に利用されていたことを受けて、2006年4月に全面施行されました。
またその後も、特に匿名の“レンタル携帯電話”が犯罪に利用されているという状況が問題となり、SIMカードの無断譲渡禁止やレンタル携帯電話事業者への規制強化等を盛り込んだ法改正が2008年6月になされています。
携帯電話不正利用防止法の規制対象
通信事業について定めている電気通信事業法では様々な通信事業体が定義されていますが、その中でも携帯電話不正利用防止法で本人確認義務が課されている通信事業者には以下が挙げられています。
MNO |
自社でモバイル用の回線網を有し、通信サービスを提供している会社。いわゆる通信キャリアのこと。 携帯電話事業者としてはNTTドコモ(NTTドコモ、ahamo)、KDDI/沖縄セルラー電話(au、UQ mobile、povo)、ソフトバンク/ウィルコム沖縄(SoftBank、Y!mobile、LINEMO)、楽天モバイル(楽天モバイル)が対象となる。 この他にも、PHS事業者やポケベル・ページャー事業者、BWA(広帯域移動無線アクセス)事業者などもMNOの対象事業となる。 |
MVNO |
自前では無線通信回線設備を開設・運用せず、MNOから通信回線を借り受けたり、MVNEと呼ばれる仮想移動体サービス提供者の機能を利用するなどして、携帯電話やPHSなどの移動体通信サービスを行う事業者のこと。 安価なMVNOサービス全般を指して「格安SIMサービス」と表現されている。 |
契約代理業者 | 携帯電話音声通信事業者のために役務提供契約の締結の代理等を業として行う事業者、いわゆる販売代理店のこと。 |
レンタル携帯電話事業者 | 通信可能端末設備等を有償で貸与することを業とする事業者のこと。空港などで旅行客等に向けてWi-Fiをレンタルしている店舗などは、このレンタル携帯電話事業者に該当する。 |
携帯用の無線端末と陸の固定局との間で無線通信を行う電気通信役務(いわゆる「携帯音声通信役務」)事業者と貸与業者が対象となるので、MCA無線のような業務無線や、個人用途のアマチュア無線は同法の対象外になります。
携帯電話不正利用防止法の本人確認手法及び本人確認事項
携帯電話不正利用防止法は、先述したMNOやMVNO、携帯電話音声通信事業者のために役務提供契約の締結の代理等を業として行う契約代理業者と、及び通信可能端末設備等を有償で貸与することを業とするレンタル携帯電話事業者が対象となります(詳細は後述)。
個人に対する本人確認手法は以下のとおり、対面と非対面で計8パターン(イ〜チ)が定義されており、後述するようにeKYCを活用した非対面での実施ケースが増えています。
対面 |
[イの手法] |
[ロの手法] |
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非対面 |
[ハの手法] |
[ニの手法] |
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[ホの手法] |
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[ヘの手法] |
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[トの手法] |
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[チの手法] |
なお、具体的な本人確認項目としては、以下の内容が定義されています。
- 個人:氏名、住居、生年月日
- 法人:名称、本店又は主たる事務所の所在地
犯罪収益移転防止法とは
犯罪収益移転防止法(正式名称:犯罪による収益の移転防止に関する法律)とは、金融機関等の取引時確認や取引記録等の保存、疑わしい取引の届出義務など、マネーロンダリング及びテロ資金供与対策のための規制を定めるべく、2007年3月に成立・公布された法律です。所管は警視庁となります。
これは、マネーロンダリング及びテロ資金供与対策(AML/CFT)の政府間タスクフォースであるFATF(Financial Action Task Force、金融活動作業部会、読み方:ファトフ)の動向を受けて創設された「疑わしい取引の届出制度」(1992年)が起源となっているもので、2018年11月の法改正をきっかけに、本人確認における新プロセスとしてeKYCが注目されることとなりました。
犯罪収益移転防止法の規制対象
犯罪収益移転防止法では、特定事業者と呼ばれる対象事業者が、通常の特定取引およびハイリスク取引を行う際に、「取引時確認」と呼ばれる手続きを法的義務として負うことが定義されています。特定事業者には以下12事業者が該当します。
- 金融機関等
- ファイナンスリース事業者
- クレジットカード事業者
- 宅地建物取引業者
- 宝石・貴金属等取扱事業者
- 郵便物受取サービス事業者(いわゆる私設私書箱)
- 電話受付代行者(いわゆる電話秘書)
- 電話転送サービス事業者
- 司法書士又は司法書士法人
- 行政書士又は行政書士法人
- 公認会計士又は監査法人
- 税理士又は税理士法人
- 弁護士又は弁護士法人
通信業界で考えると、電話受付代行者と電話転送サービス事業者が該当します。
電話受付代行サービス事業者 |
顧客に対して、自己の電話番号を当該顧客が連絡先の電話番号として用いることを許諾し、当該顧客宛ての当該電話番号に係る電話を受けて、その内容を当該顧客に連絡する役務を提供する業務を行う事業者のこと。いわゆる電話秘書。 相手方から送信されてきたFAXを受信して画像データに変換し、それを顧客宛てにメール送信したり、クラウドサーバにアップロードして閲覧可能にするサービスは、犯罪収益移転防止法上の電話受付代行サービスに該当する。 また、相手方からかかってきた音声通話を受信して音声データに変換、もしくは音声解析して文字データ変換して、それらを顧客宛てにメール送信したりクラウドサーバにアップロード・閲覧可能にするサービスも、犯罪収益移転防止法上の電話受付代行サービスに該当する。 |
電話転送サービス事業者 |
顧客に対して、自己の電話番号を当該顧客が連絡先の電話番号として用いることを許諾し、当該顧客宛ての/からの当該電話番号に係る電話を、当該顧客が指定する電話番号に自動的に転送する役務を提供する業務を行う事業者のこと。 電話番号のないアプリフォンを使って03番号等の固定電話番号を用いて相手方に電話が出来るようなサービスについても、犯罪収益移転防止法上の電話転送サービスに該当する。 また、クラウドPBX等を使ってスマートフォン等への転送を行うものについても、通常は従来型の電話転送同様に、犯罪収益移転防止法上の電話転送サービスに該当する。 |
犯罪収益移転防止法の本人確認手法及び本人確認事項
犯罪収益移転防止法に準じた具体的な本人確認手法としては、施行規則六条1項1号に、それぞれイ・ロ・ハ・ニ・ホ・ヘ・ト・チ・リ・ヌ・ル・ヲ・ワ・カの計14パターンが定義されています。また具体的な本人確認項目としては、携帯電話不正利用防止法と同様に以下の内容が定義されています。
- 個人:氏名、住居、生年月日
- 法人:名称、本店又は主たる事務所の所在地
14パターンそれぞれの詳細や犯罪収益移転防止法のあらましについては、以下の記事で専門用語の説明含めて詳しく紹介しているので、併せてご覧ください。
犯収法(犯罪収益移転防止法)とは?各専門用語の意味や注意点から、定義されているeKYC手法まで詳しく解説
eSIM申込者対応など、通信事業者がeKYCを導入するメリット
店舗型サービスにおいてはこれまで対面対応が前提となっていましたが、冒頭にも記載したとり、昨今のコロナ禍に伴う業務の非対面設計の流れに併せて、他業界と同様に手続きのオンライン化への機運が高まっています。
特に最近ではeSIM(従来のカード型SIMではなく、端末デバイスに組み込まれる形で遠隔で電話番号などの顧客情報を書き込めるSIM)への需要が高まっていることもあり、eKYC導入は以下のようなメリットをもたらすと言えるでしょう。
対応スピードおよび顧客満足度の向上
申込者にとっては、自宅での郵送物の受け取りが不要になるので、本人確認に要する時間が大幅に短縮し、より早くサービス利用を開始できるようになります。また通信事業者にとっては、上記理由に伴うサービス申込の離脱防止につながり、顧客満足度の向上にも貢献すると言えます。
各種コストの削減
自社内で本人確認業務を行う場合、そこに対する適切な人員配置が必要となります。書類の扱いに関するオペレーション教育はもとより、ユーザー登録者数の増減に合わせたシフト管理等が必要となるため、それらの工数も含めた人員および管理コストの削減が見込めます。また郵送費用の削減にも貢献します。
通信事業者でよく使われるeKYC手法
通信事業者では特に、情報セキュリティへの担保が非常に大切であることから、犯罪収益移転防止法に準拠した厳格な本人確認手法が採用されることが多いです。具体的には、先述した14パターンの手法のうち、「ホ」「ヘ」「リ」「ワ」が多く採用されています。
ホ | 専用ソフトウェアにて、写真付き書類の写し1点(厚みその他の特徴&本人確認時に撮影されたもの)の送信 + 容貌(本人確認時に撮影されたもの)の送信 |
ヘ | 専用ソフトウェアにて、写真付き・ICチップ付き本人確認書類のIC情報の送信 + 容貌(本人確認時に撮影されたもの)の送信 |
リ | 本人確認書類2点の送付 or 本人確認書類の写し1点+補完書類1点の送付 + 転送不要郵便物等 |
ワ | 公的個人認証(電子署名) |
この4手法の詳細については、以下の記事で動画とともに個別解説していますので、併せてご覧ください。
よく使われるeKYC手法【4選】。100社以上の運用実績から見えてきた傾向を解説
本人確認のプロであるTRUSTDOCK
以上、今回は通信事業者に求められる本人確認のポイントについて、準拠すべき法律の解説とともに解説しました。先述したとおり、新しい技術の登場に伴うeSIMや各種クラウドサービス等がますます増加することが考えられることから、eKYCへのニーズも日々高まっていくことが想定されます。
TRUSTDOCKでは、“本人確認のプロ”として企業のKYC関連業務をワンストップで支援するAPIソリューションを提供し、またデジタル身分証のプラットフォーマーとして様々な事業者と連携しております。インターネット異性紹介事業におけるKYCやeKYC、およびインターネット異性紹介事業に当てはまらないサービスでも本人確認業務等でお困りの際は、ぜひお気軽にお問い合わせください。
金融庁には業務内容の確認を、経済産業省とはRegTechについて意見交換し、さらに総務省のIoTサービス創出支援事業においては本人確認業務の委託先として採択されました。もちろん、警察庁には犯収法準拠のeKYCの紹介等、行政や関連協会と連携して、適切な本人確認業務への取り組みを行っています
また、eKYCソリューションの導入を検討されている企業の方々や、実際に導入プロジェクトを担当されている方々のために、TRUSTDOCKではPDF冊子「eKYC導入検討担当者のためのチェックリスト」を提供しております。eKYC導入までの検討フローや、運用設計を行う上で重要な検討項目等を、計12個のポイントにまとめていますので、こちらもぜひご活用ください。
なお、以下の記事でKYCおよびeKYCについても詳細に解説していますので、こちらも併せてご覧ください。
KYCとは?あらゆる業界に求められる「本人確認手続き」の最新情報を徹底解説
(文・長岡武司)