ネット環境の全国的整備とスマホ所持率の向上によって、人材業界のあり方はここ十年強で劇的に変わってきました。従来からある対面での人材紹介や派遣サービスにとらわれず、紹介・派遣フローのオンライン化や短期バイトの普及、さらにはギグ・エコノミーな人材マッチングプレイス、副業/複業紹介事業まで、実に多様なサービス形態が誕生しています。ことオンライン化に限って見ると、コロナ禍の影響で劇的に業務DXが加速したと言えるでしょう。
そんな状況の中、今後ますます問われてくるのが、企業による「安心安全なサービス提供」への取り組み。中でも、雇用ないしは派遣された人がコンプライアンス的に問題ない人物かを事前チェックする「本人確認」業務の実施は、業界として法律および規制要件として厳格に定義されていなくとも、ウィズコロナ時代の“あるべき企業姿勢”として問われてくることは間違いありません。
本記事では、人材業界の中でも雇用や採用にまつわる領域について、オンラインサービスを中心にニーズが高まっているデジタルネイティブな本人確認作業、すなわちeKYC手法について解説します。
人材関連の4業態
そもそも「人材業界」と一言でいっても、そこには様々なサービス形態があります。具体的な本人確認業務について見ていく前に、まずは業界の主要4業態について振り返ります。
- 人材紹介:求職者と人材を求める企業をマッチンングさせる事業
- 人材派遣:求職者と人材を求める企業をマッチンングさせ、自社雇用の上で該当企業に派遣する事業
- 求人広告:Webサイトや雑誌等、メディア媒体に求人広告を掲載して求職者を集める事業
- 人材活用コンサル:研修や組織コンサルなど、会社内の人材育成等に関する支援事業
人材業界における本人確認業務は、人材活用コンサル以外の領域に関わってくるものとなるので、本記事でも「人材紹介」「人材派遣」「求人広告」における本人確認業務について見ていきたいと思います。
マッチングサイト等は人材紹介業か否か
近年ではクラウドソーシングや副業紹介サイトなど、Webサイト上での集客と求人応募ができるプラットフォームが多く勃興しています。そんな中でよくある質問が、「これらは人材紹介業になるのでしょうか」というものです。
結論としては、人材紹介には該当しないケースが多いです。何故ならば、人材紹介業の準拠法である職業安定法における「求人及び求職の申込みを受け、求人者と求職者との間における雇用関係の成立をあっせんすること」の“あっせん”に繋がらないと判断されるケースが多いからです。
ここでいう“あっせん”とは、判例によると「求人および求職の申込を受けて求人者と求職者の間に介在し、両者間の雇用関係の成立のために便宜をはかり、その成立を容易ならしめる行為」のこと。プラットフォーム事業者が、積極的に求人企業や求職者に連絡を行って各種調整を行うことは、雇用関係成立のための便宜を図るものと言え、職業紹介に該当します。一方で、直接オンライン上で応募等ができる仕組みを設けるている場合には、職業紹介には該当しません。
なぜ、人材業で本人確認が必要なのか?
主に人材紹介業や人材派遣業において、初回の登録時に身分証による本人確認を実施しているかと思います。なぜその業務が必要なのでしょうか。その理由は以下、大きく3点あります。
身元をはっきりさせるため
自社に登録している紹介予定の人材や派遣就業希望者が、どこの誰なのか。企業に人を紹介する立場だからこそ、しっかりと身元保証のされた人物を採用する必要があります。紹介/派遣先に対する、一種のマナーですね。
各準拠法に基づく法定帳票および年齢確認が必要なため
後述するように、人材派遣事業には労働者派遣法に準拠する派遣先への帳票提出が必要となります。また、派遣業だけでなく人材紹介業についても、労働基準法や児童福祉法、さらには事業体によっては風営法にそれぞれ準拠した本人確認情報が必要となります。つまり、法令遵守のために本人確認が必須となります。
給与口座確認のため
特に派遣業において、給与支払い方法は、多くの場合で銀行等の金融機関への口座振込です。振込先口座が本当に本人のものか、本人とは違う口座へ振込がなされないかという業務オペレーション上の必要性から、本人確認書類を回収します。
人材業界でチェックするべき法律5つ+α
次に前章で確認した、法的に必要な「本人確認情報」について、それぞれの準拠法に照らす形で見ていきましょう。ポイントは年齢チェックと法定帳票です。
「労働基準法」で必要な年齢チェック
労働条件に関する最低基準を定めた「労働基準法」では、18歳未満の人を「年少者」として区分し、様々な保護規定を定めています。
例えば、年少者には原則として時間外労働や休日労動をさせることができませんし、変形労働時間制やフレックスタイム制などを適用することもNGです。また例外をのぞいて、PM22:00〜AM5:00までの深夜時間帯に働かせることもできません。
使用者が年少者を使用する場合、その年齢を証明する証明書を事業場に備え付ける必要もあります。この年齢証明書としては、住民票や住民票記載事項の証明書等で問題なく、本籍地は書いていなくても問題ありません。
また、これは紹介事業者や派遣事業者の業務ではありませんが、第107条において「従業員名簿」の作成と事業場への設置が派遣先企業で義務づけられています。これは、大企業・中小企業・個人事業主と関係なく、一人でも従業員を雇っていれば対応する必要があるものです。具体的には以下の項目について記載し、被用者の退職後も3年間は確認資料として保存しておく必要があります。以前は本籍の記載が義務としてありましたが、2016年10月17日から本籍の取り扱いが変わり、現在はその義務はなくなりました。
- 氏名
- 生年月日
- 履歴
- 性別
- 住所
- 従事する業務の内容
- 雇入の年月日
- 退職した年月日及びその理由
労働人口の減少に伴い、例えば高校生等をアルバイトや派遣労働者として雇用するケースもあるかと思いますが、このように年少者を雇用する場合は、各種保護規定に準じて対応する必要があるので、必然的に年齢チェックもしっかりと行う必要があります。
15歳チェックが必要な「児童福祉法」
児童の福祉を保障するために制定される「児童福祉法」でも、就業にまつわる条文が制定されています。
具体的には、満15歳に満たない児童に対して「道路その他の場所で歌謡、遊芸を業務としてさせる行為、酒席に侍する行為」を業務としてさせる行為を禁じ、児童を有害な行為から保護しています。
18歳チェックが必要な「風営法」
風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(通称:風営法)でも、風俗営業を営む事業者に対して、未成年の健全な育成に障害を及ぼすような行為を防止するための条文が明記されています。
具体的には第22条において、風俗営業では「夜10時から翌朝の日の出までの時間帯においては18歳未満の者に接客業務をさせてはならない」と明記されています。こちらも、風俗営業店等への人材紹介や労働者派遣を行う会社は注意が必要です。
外国人雇用で意識すべき「出入国管理及び難民認定法」
外国人の方は、出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という)で定められている在留資格の範囲内において、日本での活動が認められています。そのため、外国人雇用を進める企業は、在留カード確認によって在留資格および就労制限のチェックを行う必要があります。
こちらについては後述します。
「労働者派遣法」で定義される、各種法定帳票の作成と管理
労働者派遣法では、事業主が労働者派遣会社から派遣労働者を受け入れる場合に守らなければならないルールが定義されています。正式名称は「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律」。2012年10月1日の改正により、派遣労働者の保護のための法律であることが、新たに明記されました。
派遣先通知書の作成
本人確認に関わるものとしては、派遣元企業による派遣先企業への「派遣先通知書」の提出です。実は帳票の様式自体に制限はなく、この派遣先通知書という名称も会社によってバラつきがあります。要するに、以下の労働派遣法第35条第1項記載の事項を通知することが目的であり、その通知様式は定義されていないということです。
第三十五条 派遣元事業主は、労働者派遣をするときは、厚生労働省令で定めるところにより、次に掲げる事項を派遣先に通知しなければならない。
一 当該労働者派遣に係る派遣労働者の氏名
二 当該労働者派遣に係る派遣労働者が協定対象派遣労働者であるか否かの別
三 当該労働者派遣に係る派遣労働者が無期雇用派遣労働者であるか有期雇用派遣労働者であるかの別
四 当該労働者派遣に係る派遣労働者が第四十条の二第一項第二号の厚生労働省令で定める者であるか否かの別
五 当該労働者派遣に係る派遣労働者に関する健康保険法第三十九条第一項の規定による被保険者の資格の取得の確認、厚生年金保険法第十八条第一項の規定による被保険者の資格の取得の確認及び雇用保険法第九条第一項の規定による被保険者となつたことの確認の有無に関する事項であつて厚生労働省令で定めるもの
六 その他厚生労働省令で定める事項(労働者派遣法第35条第1項より)
逆に捉えると、派遣元企業から派遣先企業に提供して良い情報は以下の5つだけであり、運転免許証などの本人確認書類自体は提供できないことになっています。
- 氏名
- 性別
- 年齢に関する事項(18歳未満か否か、内45歳以上60歳未満か否か。18歳未満の場合は年齢もチェック)
- 雇用期間
- 健康保険・厚生年金・雇用保険加入の有無
派遣元管理台帳と派遣先管理台帳の作成・保管
労働派遣法では他にも、派遣元事業主が派遣労働者の雇用主として適正な雇用管理を行うための「派遣元管理台帳」と、派遣先企業が労働日や労働時間等の派遣労働者の就業実態を的確に把握するための「派遣先管理台帳」の作成と保管が、それぞれ派遣元企業の義務として定義されています。保管期間は、それぞれ3年間。
身分証等を使った本人確認事項としては、両帳票における氏名のほか、派遣元管理台帳では「60歳以上の者であるか否かの別」の記載も必要となります。人材紹介業における準拠法「職業安定法」
最後にひとつ、人材紹介業における準拠法として定められているものが「職業安定法」です。職業の安定と経済の発展に貢献するべく、人材紹介業に着眼した法律となっています。
では本人確認業務という観点で見ると、実は厳格な規制要件はありません。
ただし、こちらも労働派遣法と同様に、紹介先へのマナーとして本人確認をしっかりと行うのがベターでしょう。紹介する人物が年齢詐称をしていた場合は法令違反に繋がる可能性がありますし、反社会勢力だった場合はそれこそ目も当てられません。
一方で、あまりにも厳格に本人確認を実施すると、それはそれで職業選択の自由を犯し、場合によっては意図せず差別に繋がってしまう可能性もあります。
よって、例えば運転免許証等による年齢確認だけをエントリー時に実施する、またはコンプライアンスチェックまでを含めてeKYCで実施するなど、よりライトな運用が望まれると言えるでしょう。
人材業界でニーズ高まるeKYC
以上で見た通り、人材業界では「犯罪収益移転防止法ほど厳格ではないものの、法的要件を満たし、信頼性を担保する本人確認」の実施が必要となります。また求職者や派遣就労希望者の増加に伴い、その確認のスピード性も重視されており、昨今のコロナ禍にも鑑みて、オンライン上で実施できるeKYCへのニーズが急速に高まりつつあります。
TRUSTDOCKでは提供する専用アプリにおいて、幅広い本人確認書類ソリューションをAPIの形で提供しています。
運転免許証等による本人確認
最もスタンダードとなるのが、個人身元確認API + セルフィー確認API。最も簡単な機能は、写真付き本人確認書類の写し画像1点と、本人の容貌を撮影した画像データ1点によって、本人確認を完了させるというものです。いずれの場合も、身分証等の“原本”を直接撮影したものを原則として撮影後直ちに送信させる必要があるという、犯罪収益移転防止法の要件を前提に設計されています。
また身分証については、ただ表裏を撮影するのではなく、その身分証が原本であることを示す特徴(例:運転免許証の場合は厚み、パスポートの場合はホログラムなど)を含めて写すなど、確認の粒度を細かく設計することができます。
なお、こちらは画像認識技術によって機械的にチェックできる部分をカバーした後、最後は全ての書類についてヒトが目視で確認するオペレーションとなります。
コンプライアンスチェックもeKYCで実現
コンプライアンスチェックについても、TRUSTDOCKではスピード重視の「スピードリスクチェックサービス」を提供しています。
これは、API経由でコンプライアンスチェック・リスク確認の一次スクリーニング情報を提供するもの。わずか数分でリスク確認を完了させ、検索ヒット状況に応じて利用許可をNGにしたり、詳細にリスク確認を行ったり、警察に紹介するなど、必要なアクションを行います。
データベースは2種類準備しています。一般的な国内反社のフィルタリングであれば、公知情報を収集し人物ごとにソートした「反社・人物DB」を選べます。また、「記事DB」を利用すると、反社ワードを含めたキーワードを新聞記事データベースに指定して検索することができます。
外国人労働者雇用で必要な各種チェック
最後は、こちらも近年増えている外国人労働者の雇用について。先ほどご紹介した入管法において、外国人の在留資格は就労の可否に着目する形で以下3種類に分けられています。
- 在留資格に定められた範囲で就労が認められる在留資格18種類
- 原則として就労が認められない在留資格 5種類
- 就労活動に制限がない在留資格 4種類
雇用サイドは、これらの在留資格および就労制限が明記された「在留カード」の確認によって、不法滞在者や入国管理局から働く許可を受けていないのに働く人、および入国管理局から認められた範囲を超えて働く人の雇用を未然に防止する必要があります。具体的には、在留カード表面の「就労制限の有無」欄、在留カード等の番号の有効性確認です。
これについても、対面から非対面へのウィズコロナの流れに併せて、最近ではeKYCの活用が望まれています。
TRUSTDOCKでは、個人身元確認APIに外国人労働者の「身元確認」「在留資格」「就労制限」の3つの雇用契約時の就労要件を可能とするオプションを設けており、24時間365日、煩雑になりがちな外国人労働者の本人確認業務とその管理プロセスのオンライン実施を可能にしています。
非対面によるeKYC活用がますます望まれる人材業界
以上、今回は人材業界の中でも雇用や採用にまつわる領域で必要な本人確認業務について、派遣法や労基法などを根拠法としたポイントを解説しました。
コロナ禍を経て、これまで対面を前提としていた業務のオンライン化が加速しているからこそ、本人確認業務においてもeKYC活用の波がきていると言えます。もちろん、オンライン完結のサービスであればなおさらです。
TRUSTDOCKでは、“本人確認のプロ”として企業のKYC関連業務をワンストップで支援するAPIソリューションを提供し、またデジタル身分証のプラットフォーマーとして様々な事業者と連携しております。人材紹介や人材派遣、およびマッチングプラットフォーム等におけるKYC/eKYCおよびDX等でお困りの際は、ぜひお気軽にお問い合わせください。
また、eKYCソリューションの導入を検討されている企業の方々や、実際に導入プロジェクトを担当されている方々のために、TRUSTDOCKではPDF冊子「eKYC導入検討担当者のためのチェックリスト」を提供しております。eKYC導入までの検討フローや、運用設計を行う上で重要な検討項目等を、計12個のポイントにまとめていますので、こちらもぜひご活用ください。
なお、KYCやeKYCの詳細については、以下の記事も併せてご覧ください。
KYCとは?あらゆる業界に求められる「本人確認手続き」の最新情報を徹底解説
【お役立ち資料】安全・安心な本人確認のための人材業界向けeKYCハンドブック
【プレスリリース】TRUSTDOCK、外国人労働者の本人確認時に「在留カードの有効性確認オプション」を提供開始。身元確認を始め、就労資格や身分証の有効性など全ての確認をサポートし、不法就労対策を支援
※2021年8月24日:2021年5月28日に金融庁より発表された「犯罪収益移転防止法におけるオンラインで完結可能な本人確認方法に関する金融機関向けQ&A」の内容に合わせて一部記事内容を修正
(文・長岡武司)