スタートアップへの就職が、大企業からの転職としてもファーストキャリアとしても選択肢に入るようになっています。一方でミートアップやリファーラルリクルーティングが進む中でも、「今転職すべきスタートアップかどうか」を見極めることは困難なままです。
そこで、TRUSTDOCKに投資してくださっているベンチャーキャピタル(VC)のお一人であるSTRIVE代表パートナーの堤達生さんに2回に渡ってお話を伺いました。堤さんはハンズオンの立場でTRUSTDOCKに関わっている点で「内部に詳しい」人物であり、VCとしてTRUSTDOCKの成長性を客観的に見極めている点で「第三者視点を持つ」プロです。
前編のテーマは「スタートアップで活躍する人材のマインドセット」です。堤さんにお話をお伺いする中で、「15年経っても陳腐化しない経験」と「キャリアのリスクコントロール」が明らかになりました。
2回のインタビューを通じて、スタートアップへの転職を考える手掛かりにしていただければ幸いです。(2020年4月実施)
STRIVE株式会社 代表パートナー 堤 達生
大学院卒業後、三和総合研究所、グローバルブレインを経て、株式会社サイバーエージェント及び株式会社リクルート、グリー株式会社にて、新規事業開発及びコーポレートベンチャーキャピタルの設立と運用に従事。その後、新たにベンチャーキャピタルファンド(現STRIVE)を創業して、代表パートナーに就任。
シードからアーリーステージのスタートアップを主な対象に、ビジネスの立ち上げから拡大をサポートするハンズオンVC。
これまでにRetty、Five、WealthNavi、Kakehashi、KaizenPlatformへの投資実績を持つ。
シンクタンク・コンサル、新規事業開発、VCと「計画したキャリア」を歩んでいるように見えるかもしれない。でも、「20代は選り好みしない方がいい」と断言できる
――様々なVCの形がある中で、堤さんはなぜシードからアーリーステージのスタートアップをハンズオンVCとして関わろうと思ったのでしょうか?
堤さん(以下、敬称略):私自身がもともと事業を推進する立場にいたからこそ、その経験をスタートアップの経営者にお伝えしたいと思ったからです。シリーズAへの投資は、PMFが出ていない企業も多い中でも、STRIVEは0から1を1から5や10の企業フェーズに移行させる点にバリューがあります。
――事業経験があるVCとないVCでは、どこに違いを感じますか?
堤:例えば、IPOが近づいてくると、様々なステークホルダーとのコミュニケーションが発生します。これまではプロダクト開発やチームづくりに集中できていた時期とは違い、細やかなコミュニケーションが求められます。
そのときに事業経験があると、自分の体験を基に「次はこういうことが起きるから」と未来を予測しながらアドバイスができます。
――ハンズオンVCは企業が成長していく先に、何が起きるかを見せてくれる存在なんですね。とはいえ、企業が成長するにあたって何が起きるかを知ることは簡単ではありません。何を意識してキャリアを形成してきたのでしょうか?
堤:私も偉そうなことは言えないんですよ(笑)。一つ言えることは、「何を、誰とするのか」を基準としてキャリアを選んできたことです。私の転職の仕方は、「この会社でやり切った」実感が湧いたら、人材エージェントの方に会いに行く。自分でも企業を探すスタイルです。
――「何をやるのか」は大きな問いですよね。特に20代はキャリアに迷うことも多いように思います。
堤:今振り返ってみると、20代は「どんな出来事でも経験になる」時期です。だから「経営や事業開発に近いポジションで何でも吸収できる仕事をしよう」と思って、コンサルタントやVCなど幅広く関われる仕事を選びました。
――堤さんが在籍していた企業を並べると、マーケットを牽引する企業ばかりですね。三和総合研究所にグローバルブレイン、株式会社サイバーエージェントにリクルート、グリーです。
堤:そう並べていただけると、すべて計算してキャリアを選択したすごいひとのように見えますね(笑)。でも、何が役に立つのかは働いているそのときにはわからないんですよ。だから20代は仕事を選り好みしないことが大事になります。
――企業の成長可能性という未来を見るプロの堤さんでも、「何が役に立つのかはわからない」んですね。
堤:それはスタートアップ企業でも大企業でも、コンサルタントでも営業でも同じことが言えるはずです。
――今、スタートアップの転職においては「新規事業開発」や「事業開発」、「経営企画」が人気を集めていますが、同じことが言えるでしょうか?
堤:それらの仕事には不測の事態が連続して起きるという特徴があります。想像もつかなかったことが起きたり、様々なステークホルダーが絡んできたりします。そう考えると、事業開発や経営企画を任される30代になるには、「すべての経験を吸収してきた」20代の苦労が土台と言えるはずです。
対人折衝や営業は「望まない経験」だった。でも、だからこそ「不測の事態の連続」である新規事業開発や経営の道を歩めている
――「20代ですべての経験を吸収すれば、30代で新規事業開発などの裁量の大きい仕事を任される」とのことでした。堤さんにも「今振り返ればあの経験は貴重だった」ものがありますか?
堤:20代の頃の対人折衝や営業の経験は、特に今の私を支えてくれています。これがあるからこそ、VCとしての今があると言っても過言ではありません。対人折衝や営業の経験があると、プロダクトがスタートアップに与える影響力の大きさを実感できるんですよ。
――対人折衝や営業の経験が経営やVCの仕事に活きるということですか?一見すると遠い仕事のように思います。
堤:まずは対人折衝でいうと、自分とは異なる環境や価値観で生きているひとの考え方を理解できるようになり、コミュニケーションがスムーズになります。
シンクタンク・コンサルティング時代のクライアントワークで学びました。そこには様々な性格のクライアントがいます。言葉を選ばずに言うと、「言っていることが理解できない」クライアントもいるんですよ。
――できれば出会いたくないと思ってしまいます・・・。
堤:20代の頃の私もそう思っていました(笑)。でも、その後に新規事業開発や経営の道に進むと、これまでまったく関わったことのないひとたちとも仕事を一緒にすることになりました。そこで「合わないので一緒に働きたくないです」とは言えないですよね。企業を成長させるには多くのひとの協力が必要ですから。
――様々なステークホルダーを巻き込む力が新規事業開発の道を拓いたんですね。営業はどの部分が今に活きているのでしょうか?
堤:私にとって最初のVCでありハンズオンVCであったグローバルブレインにアソシエイトで入ったとき、ある事業会社とJV(ジョイント・ベンチャー)をつくったんですね。そのプロジェクトに私はよくわからないままアサインされて、「堤さん、営業してきてください」と言われたんです。
――それまでに営業経験はあったのでしょうか?
堤:まったくないですね(笑)。なのにテレアポ漬けの毎日でした。100件かけて1件アポが取れたらいいくらいの確率でしたね。その1件のアポが商談につながる確率を考えると、どんどん低くなります。このときは28、29歳くらいだったかな。苦しかったし、心が折れそうでした。いや、実際に折れてたかもしれないです(笑)。
――タフな仕事をされていたんですね・・・。
堤:実際に「私は何をしてるんだろう」と迷いもありましたが、このときに「提供価値がないプロダクトは営業力で挽回できることはない」ことがわかったんです。もう15年くらい前の経験ですが、陳腐化しない経験のひとつです。
――「価値のないものは売れない」。当たり前のようですが、腹落ちできているかと頭だけで理解しているかでは違いがありそうです。
堤:そうなんです。この「プロダクトが企業の成長の鍵である」ことは、私がスタートアップに投資をする際の大きか基準のひとつでもあります。「そのプロダクトは市場で優位性を保てるか否か」は、伸びるスタートアップと凋落するスタートアップを二分します。
キャリアをリスクコントロールする。それがスタートアップ転職を成功させる鍵である
――仕事の意味を見失いそうになる程辛かった営業の仕事ですから、途中で断ることはしなかったのでしょうか?それまでシンクタンク・コンサルティングの経験をしていたわけですし。
堤:迷いながらも「与えられた環境をどれだけ楽しめるか」が大事だと思っていました。「おもしろい仕事はどこにあるのか」とさまようのではなくて、「目の前の仕事をいかにおもしろがれるのか」と考えていました。
――どんな仕事も経験に変えることができるんですね。
堤:これが私の仕事選びの軸のひとつである「誰と働くか」でもあります。置かれた環境の中で自分なりに工夫して楽しめるか、経験に昇華できるか。これはSTRIVEの人材採用の基準においても同じです。ポイントは「STRIVEで楽しんでくれそうか」なんです。
――それは「自分はスタートアップに向いているのか」を考えるときにも、通用する考え方でしょうか?
堤:多くのスタートアップを見てきましたが、活躍しているひとは「自分が何ができるのか」を証明できているひとです。
一方で「与えられたものに満足してしまうひと」もしくは「与えられているものが悪い」と反射的に考えてしまうひとは、スタートアップでキャリアをつくることは難しいように思います。
――スタートアップに特化した求人サイトもあるように、スタートアップへの転職はひとつの選択肢として確立されているように見えます。堤さんはスタートアップへ転職する際には何を気をつけるべきだとお考えですか?
堤:「自分でキャリアをつくる」と決断することです。より解像度を上げると「自分でリスクをコントロールすること」です。
――リスクというと「このスタートアップは安定しているかを見極めろ」ということでしょうか?
堤:リスクは「危険」ではなく、「振れ幅」を意味します。私はもともと金融畑にいた人間でもあるので、リスクを上振れと下振れの振れ幅として捉える習慣があります。リスクコントロールをキャリア形成や転職に応用することをおすすめします。
――転職におけるリスクコントロールとはどういったものでしょうか?
堤:自分の年齢と置かれている境遇に当てはめて「これくらいの振れ幅なら許容できる」と想定します。例えば私であれば「40代・VCとしての経験・不透明な時代環境」を考えて、どれくらいのリスク=振れ幅ならコントロールできるかを考えることですね。
――年齢や性格によってリスクコントロールの仕方も変わりそうですね。
堤:まさに、ひとりひとりのリスクコントロールのあり方は変わります。例えば一般的には20代であれば取れるリスクは大きいですよね。私が転職した2003年のころのサイバーエージェントは赤字の状態であり、いまのようにスタートアップの見本となる存在ではありませんでした。でも、だからこそリスク許容度が大きい選択肢、つまりそのまま赤字が続くとも黒字回復することもあると考えられます。
――「これから成長しそうか」だけでも「低迷しないだろうか」だけでもなく、どちらも想定してみることが大事なんですね。
堤:スタートアップはまだ評価が定まっていないから、スタートアップなんです。その評価が最高のときと最低のときの振り幅を見極めることが、スタートアップ就職の鍵です。その振れ幅を許容できるか、つまりリスクをコントロールできる企業が、あなたが選ぶべきスタートアップです。
――「スタートアップに転職しない方が良い」ケースもあるのでしょうか?例えば聞こえてくる不安として「大手企業からスタートアップ規模の会社に転職することはリスクが大きすぎるのでは」という意見もあります。
堤:まさに、それがリスクの幅ですよね。大きく社風も考え方も変わる企業に転職するときに発生するリスクの上振れと下振れを自分がどう感じるかです。
正直に申し上げて、これまで1度も転職せずにスタートアップに飛び込む様に転職することはおすすめできません。
――スタートアップは特殊な環境ということでしょうか?
堤:というよりも、大きな環境変化にためらいを覚えるということは、「転職の判断材料を十分に集めないと決断できない」考え方ですよね。スタートアップ、もっといえばビジネス環境ではどこまでいっても情報がすべて出揃うことはありえません。「間違った意思決定」をしてしまっても、「あとから修正できればいい」と思えるひとは企業規模や選んだマーケットにかかわらず、成功できるでしょう。
編集後記
前編は堤さんの仕事人生を紐解きながら、VCとしてスタートアップ企業の成長を支援するという、影響力の大きい仕事について話していただきました。
ご経歴を拝見すると、ずっと上流の仕事をされていたかと思っていました。実際は対人折衝や営業時代の「望まない経験」が、15年経った今でも堤さんのキャリアの土台をつくっているようです。
「スタートアップはまだ評価が定まっていないから、スタートアップである」。だから「自分から環境を楽しむ仕事の仕方が重要である」。スタートアップの環境を楽しめるひとは、「不測の自体に意味を見出せる」という共通点があるかもしれません。
後編は堤さんから見たTRUSTDOCKを通じて、『スタートアップを見極める目の養い方』をお話しいただきます。弊社CEOの千葉もインタビュアーとして登場して、社会インフラになるスタートアップと小さくまとまるスタートアップの違いについて対談します。
お楽しみに!
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