徹底的現場主義のパブリック・アフェアーズ(PA)がスタートアップを押し上げる。TRUSTDOCKのPAチームが語る「官民巻き込み力」とは

法/規制解説

更新日: 2023/04/07

目次

     テクノロジーが指数関数的に進化する世の中において、スタートアップをはじめとする民間企業等が新たなる価値を世の中に提供し普及させる際には、商品・サービスの顧客や、そのエンドユーザーとなる私たち一般消費者はもとより、政府関係者やメディア、アカデミア関係者など、多様なステークホルダーとの対話を通じて「価値が世の中に広がることのメリット等」を理解してもらうことが非常に大切です。

     そのための取り組みとして現在注目されているのが、Public Affairs(パブリック・アフェアーズ:以下、PA)です。一般社団法人パブリックアフェアーズジャパンでは「企業やNPO・NGOなどの民間団体が政府や世論に対して行う、社会の機運醸成やルール形成のための働きかけ活動」と説明されている取り組みを指し、社会に対する大きな影響力をもつ大企業のみならず、スタートアップのような小さな組織においても、その存在は重要なものだと言えます。

     2023年3月20日、一般社団法人OpenIDファウンデーション・ジャパンより公表された「民間事業者向けデジタル本人確認ガイドライン」も、このPA活動による大きな成果と言えます。こちらは自社サービスの特徴に応じた本人確認手法を選択するためのガイドブックとしての活用を想定して作成されたもので、同組織に設置されたガイドラインタスクフォースが作成を進めました。このタスクフォースを立ち上げ、官民連携した国内初の民間事業者向け本人確認ガイドラインの策定を主導したのは、リーダーであるTRUSTDOCKのPAチームでした。

     「必要とされている施策を必要としている人たちに届ける」との確固たる思いを以って今回のガイドライン発表へとつなげました同チームでは、具体的にどんな活動を進めていったのか。今回は、行政や自治体を担当するGR(Government Relations)チームのメンバーも交えてざっくばらんに話してもらいました。

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    [写真左から]渡辺 良光(Identity事業部 GRコンサルティング)、中村 竜人(Public Affairs担当)、神谷 英亮(Public Affairs室 室長)、笠原 基和(Public Affairs担当)

    通称「劇団ひとり」からスタートしたPA活動

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    --そもそもですが、TRUSTDOCKのようなスタートアップ企業で「PAチーム」というものが設置されているケースが、結構珍しいのではないかなと感じています。まずはPAチームが立ち上がった経緯について教えてください。

     

    神谷:少し前段として私が入社する前からお話しさせていただくと、eKYCが社会に広がり始めたのは、2018年の犯罪収益移転防止法(以下、犯収法)の省令改正に端を発しています。TRUSTDOCKはこの少し前に創業し、省令改正を追い風にして事業を成長させてきました。このことから経営層は、法制度の影響力を肌身で感じていたと思うものの、この時は中央省庁との関係構築をどのように進めて良いか分からなかったと聞いています。

    他方で、地方自治体を含む行政機関向けにプロダクトの実装を目指す思いが芽生え、自治体の実証実験を決めるピッチコンテストへの参加に力を入れ始めていました。その結果、つくば市福岡市での実証につながり、自治体へのセールス活動が加速していきました。

     

    --やはり自治体での実証実績の有無は、他の自治体へのセールスを進めるにあたって大きいことなんですね。

     

    神谷:ここで実証に参加できたことは、TRUSTDOCKの知名度や信頼を高めるのにプラスに作用したと考えます。自治体との打合せも徐々に増えていきました。中央省庁との関係構築はそれ以前に大きなチャンスがあって、2020年の春には経済産業省の「オンラインサービスにおける身元確認に関する研究会」に参加させていただきました。ただ、そこからの発展には繋げることができていませんでした。当時は知見だけでなく組織としてのマンパワーもなかったため無理もなかったと思いますし、少しでも売上を伸ばしていきたいスタートアップとしては、営業活動の方を重視するのは自然な流れだったと言えます。

    このような状況下で私が入ってきたという経緯があります。ここまでがエピソードゼロみたいな話ですね。

     

    --TRUSTDOCKとしての、初めてのPA担当の入社ということですね。

     

    神谷:最初からPAだったのではなく、入社時はGRチームに所属していました。(取締役の)肥後さんとGRの担当と進め方を模索しながら、特に自治体の方々のお話を聞く行脚をされ、具体的な調達案件も生まれつつありました。最初は一緒に自治体に足を運ぶなどしていたのですが、私としてはやはり選考時の募集要項に書いてあった「デジタル本人確認をインフラにしていくために、中央省庁の検討会に入ったり、有識者と協働して政策を形成、展開していく」役割を担っていきたいという強い思いがあったので、入社して1ヵ月ほど経った2021年の初めに、政策提案を担当するPublic Affairs(PA)チームを立ち上げました。チームと言っても、私一人だけなんですけどね。「劇団ひとり」などと言っていました(笑)

     

    --なるほど(笑)「劇団ひとり」からチーム体制になったのはいつでしょうか?

     

    神谷:まず2人体制になったのが、中村さんが入社された2021年10月です。

     

    --ということは、2021年1月から10月までの間は「劇団ひとり」で活動されていたと。

     

    神谷:そうなりますね。入社直後、社内から「自治体の人たちが行政手続向けのガイドライン(※)が分かりにくいため、対応に苦慮していると言っている」と聞きました。しかし、どこが分かりにくいのかが明確になっていなかったことから、隔週で意見交換を行っていた民間の事業者から助言を得ました。当時、民間の事業者向けのガイドラインは存在しなかったため、一部の民間事業者も行政手続向けのガイドラインを拠り所にしていることや、民間事業者の間で導入が進み始めていたeKYC手法の位置づけが分かりにくいことなどが分かりました。

    また、同じ頃、民間事業者向けの営業を担当していたCOOから、本人確認を行う上では個人情報の取扱いが重要であるにも関わらず、関係事業者の間で遵守が徹底されていないケースが散見されるとの話を聞き、実際にそうした事業者のサービスをユーザーとして利用して検証しました。それと同時に、行政手続向けのガイドラインに個人情報の取扱いについての記載がほとんどないことも課題であると認識しました。

    「行政手続におけるオンラインによる本人確認の手法に関するガイドライン」2019年2月各府省CIO連絡会議決定

     

    --意見交換でのヒアリング等を通じて、官民それぞれにおけるペインが見えてきたということですね。

     

    神谷:ペイン、課題に対応するためには、闇雲に行政に当たりに行くのではなく、確たる軸が必要との思いもあったことから、現場の声を基に、民間事業者向けの横断的な指針の作成を目的とする枠組みの設置を掲げた「TRUSTDOCK PA戦略」を2021年1月下旬に社内向けに作成しました。この内容を具体的に形にしたのが、今回リリースした「民間事業者向けデジタル本人確認ガイドライン」です。

    2年がかりとなりましたが、途中で優秀なチームメンバーが加わってくれたおかげで、何とかリリースまで漕ぎ着けることができました。

    劇団ひとりから、層の厚いチームへ

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    --現在、PAチームとしては3名いらっしゃると思います。それぞれのメンバーの特徴について教えてください。

     

    神谷:私はPAチームの室長ということで、全体の企画・推進を担当しています。

     

    中村:私はどちらかというと、ドキュメンテーションだとか、資料化みたいなところを中心にやっています。神谷さんが思われたことを具現化する役割を担っているのかなと思っています。

     

    神谷:中村さんはコンサル出身で、中央省庁との協働経験が豊富であることに加え、ドキュメンテーションの力がすごく高いんですよね。そして何より、好奇心が旺盛なところも強みです。

     

    笠原:私は金融庁出身ということで、ルール的な部分が関係するところを多く担当しています。あとは、セールスメンバーから法務チームが受ける法令照会の対応を手伝ったりもしています。

     

    神谷:私が攻めなら、笠原さんは守りです。笠原さんの加入で、発信するドキュメント、そしてチーム全体が引き締まり、チーム力が格段に上がりました。

    それからPAチームではありませんが、日々連携しているメンバーであるGRチームの渡辺さんにも、今回のお話に入っていただきました。

     

    渡辺:神谷さん達PAチームが大きなルールメイクみたいなところを担っているのだとしたら、そうしたものを実際に地域や自治体でどうやって活用するのかを考え提案していくのが私たちGRチームの役割だと捉えています。私自身、県庁勤務のときからTRUSTDOCKに移った後も感じていることですが、自治体と言っても地域ごとに抱えている課題は異なります。ですから、自治体におけるルール策定に加え、それぞれの地域の実情に即してどのようにルールを運用していくのか、その中でいかに我々のプロダクトを通じて課題解決してもらえるかの橋渡し的な役割なのかなと考えています。

     

    --こうやって伺うと、非常にバランスがいいメンバー構成ですね。

     

    神谷:そうなんですよ。「劇団ひとり」だった頃に「人がもっと欲しい」と言っていたのですが、PAとしては2人欲しいと伝えていました。できれば1人は民間出身の人で官庁との協働経験がある方。もう1人は、私と同じような中央省庁出身の人で、省庁の中心として法改正をしっかりやっていた方です。また、自治体の実務に精通した人材も必要であると進言していました。形式的に私がリーダーを務めていますが、全員キャラが立っていて、いつでも主役を張れる、層の厚いチームだと感じています。

    揺るがない「デジタル本人確認を社会インフラにする」思い、そしてガイドラインの策定へ

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    --先ほどもお話に出ました「民間事業者向けデジタル本人確認ガイドライン」(以下、民間ガイドライン)が、先日OpenIDファウンデーション・ジャパンより発表されました。こちらは主体となるタスクフォースの設置からTRUSTDOCKが主導したと聞きます。タスクフォースメンバーを見てみると、NTTドコモやJCB、Liquid、デジタル庁など様々なステークホルダーが参画されていますよね。たとえばTRUSTDOCKとしては競合になるような事業者もいると思うのですが、その辺りはどのような点を意識して進めていかれたのでしょうか?

     

    神谷:今回のガイドラインは、民間事業者向けの横断的な指針が存在しないため、つくってほしいとの事業者のニーズを受けて作成したものです。仮に、TRUSTDOCKが中心となってAガイドラインをつくったとして、競合する事業者や他の団体が対抗策としてBガイドラインをつくり、内容が異なってしまったとしたら、ニーズに応えたことにならないだけでなく、むしろ事業者の間で混乱を生じさせてしまうおそれがあります。

     

    --確かに、それでは本末転倒ですね…。ただそうは言っても、競合と連携するのに抵抗はなかったのですか?

     

    神谷:TRUSTDOCKは「デジタル本人確認を社会インフラにする」ことをミッションとして掲げており、事業者横断的に共通の理解を普及させるためには、必要な競合とは連携しなければならない思いがあったので、迷いはなかったですね。

    インフラにするためには良いプロダクトを生み出す高い技術力が最も重要です。明らかに良いプロダクト、そのプロダクトを利用した本人確認手法があったとして、利用する側の事業者が使って良いものか分からなかったら、良いプロダクトが普及していきません。これは社会にとって損失です。良いプロダクトの認知を広げ、ステータスを高めていくこともガイドラインの役割であり期待される効果です。大きな視点で捉えると、そうした手法が普及することで民間事業者のデジタル本人確認も広がり、「社会インフラ」に行き着くサイクルが加速すると考えています。

     

    --大きな視点、大事ですね。

     

    神谷:タスクフォースに参画した事業者の中には、経営層が自ら会議に参加してくれたり、ヒアリングの調整を積極的に買って出てくれたりするメンバーもいて、大きな視点が社外に共有されていく実感も得ていました。

    私たちのガイドラインによって、これまでは知られていなかった手法の認知が広がっていけば、そこからは益々、プロダクトや提案力の勝負になるわけですよね。ガイドラインを活用して、良いプロダクトを分かりやすく提案できる会社でなければ、社会のインフラづくりは牽引できません。ガイドラインの策定は協調領域でもありますが、突き詰めていけば、健全な競争環境の整備であり、それがPA活動の本質であると考えています。

    「巻き込み力」のもとでガイドラインのプロジェクトが着実に推進

    --ここまでのお話を伺うと、大きな視点の共有が特に重要なんだということが理解できました。他のメンバーとしてはいかがでしょうか?

     

    中村:このガイドラインはうまくできたと思っているのですが、その要因の一つとして、ある意味神谷さんが「これでいくんだ」っていう軸を持って取り組んでいたことがあると思います。こうやって様々な事業者が集まって話をすると、いろんな方向に話が行ってまとまるものもまとまらなくなっちゃうと思うので、そうではなく絶対に社会インフラをつくるんだという神谷さんの軸が大事だと感じています。

    また今回の民間ガイドラインは、手法の特徴など、多分に“技術的な視点”が含まれています。タスクフォースに参加する他社のメンバーの大半はこの領域で活躍されている技術者であるのに対して、我々PAチームのメンバーは技術的な素養が無かったため、毎週の会議に向けて悶絶しながら叩き台となる資料案を作成し、他社のメンバーにぶつける日々を続けてきました。しかし、そのおかげで自分たちの理解力も向上し、専門的な知識がなくても読みやすい、地に足のついたガイドラインにまとめることができたのかなと感じます。

     

    --技術的なフィードバックは難度が特に高そうですね。

     

    神谷:例えて言うなら、泳ぎが得意な人たちが優雅に泳ぐ水中に、泳ぎがなんたるかも知らず私たちは飛び込んで、犬かきから始めて、徐々に平泳ぎくらいはできるようになったと。だから泳ぎそのものや泳ぎの楽しさを伝えるのは結構得意だといったところですかね(笑)

     

    --笠原さんはいかがですか?

     

    笠原:神谷さんを一言で言うと、すごく「巻き込むのが上手いな」という印象ですね。先ほど中村さんも言っていた通り、これを事務局として全部方向付けて、「2023年3月に出すぞ」と言って成果物として形作るまでを全部取り仕切ったのは神谷さんなんですよね。そのために、タスクフォースの中の関係者はもちろん、デジタル庁をはじめとする行政の人たちとも連携したり、「こういうのいいね」っていう風にドライブをつけ、加速力を上げるみたいなこともやっていたわけですよ。立場の違う様々な関係者さんがいる中で、各主体の思惑をうまく読み解きながら、全体を方向づけていったのは、「巻き込み力」によるところが大きいかなと感じます。

     

    --その巻き込み力をお二人で支えたわけですね。

     

    笠原:まさに、それをサポートする役割として絶妙に能力を発揮してくれたのが中村さんだと感じていまして。先ほど「タスクフォースメンバーは基本的には技術者だった」という話がありましたが、その中で中村さんがうまくキャッチアップされて調べていき、色々な手法の技術的な側面にフォーカスした上で、メリット・デメリットを資料としてまとめているわけです。「みんなが分かりやすくなるように作った」っていうのが、一つ大きなところなんじゃないかなと感じています。

    じゃあ私は何をやっていたかという話ですが、とにかくいろんな法律を読み込んでいきました。民間ガイドラインを見ていただくとお分かりかと思いますが、いろんな法律の事例を扱っています。僕自身、金融庁出身で法律改正もずっとやってきた立場なので、法律を読んだり、読み方みたいなのは得意なのですが、ここに載っている類の法律は金融庁時代に一度も触ったことがありません。ですから、とにかく裏でいろんな法律をガチ読みしていましたね。

     

    中村:私もまだまだですが、法令を深く読むのって難しいです。何が書かれているかというのは何となく分かるのですが、それが何を意味していて、この背景にどういうことがあったかなどは、スキルがないとなかなか分からないわけです。そこを本当に深くまで掘り進めることができて、それに基づいて「これはこういうことなんだ」と整理をしてくれているのが笠原さんです。僕が「技術の翻訳」をしているのだとしたら、笠原さんは「法令の翻訳」をしてくれていて、そこができる人というのは相当限られてくると思いますね。

     

    --まさにチームワークですね!そういう活動を渡辺さんはどう見られていましたか?

     

    渡辺:私の方では、民間ガイドラインに関しては細かい作業を担当していたわけではないのですが、特に意識したこととしては、背景とか趣旨、さらには行間みたいなところの理解とフィードバックですね。どういう目的・趣旨で内容が書かれているのかとか、それを実際に活用していくにあたってはどんな方法があり得るのかなど、具体的にイメージをしながら全体を見ていくよう努めました。

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    中村:作っていると、どうしても視野が狭くなってしまいますし、自分たちが作りたいものを作ってしまいがちです。渡辺さんのように使う側、自治体側にいた方に率直なコメントをもらえたおかげで、使ってもらうために必要な視点を思い返したり、確認したり、自信をもてたりできたので、ありがたく感じていました。

    PAの取組みに最も懐疑的だった経営層が1番の理解者に変わる

    神谷:社外のステークホルダーの調整も大変でしたが、個人的には社内、特に経営陣の理解の醸成にも苦労しました。

     

    --そうなんですか!?

     

    神谷:TRUSTDOCKは民間事業者、特にスタートアップですから、大企業のような大きなコストはかけられず、売り上げを伸ばし続けていくことが強く求められますし、私たちも常にそのことを念頭に置いて活動すべきだと考えています。一方で、PAの活動って、売上に繋げる前の「信頼の醸成」や「ブランドの確保」に確実に貢献している実感はあるものの、直接的にいくら売り上げたのかと問われると、その数値を示すのは難しいです。

    先ほど、行政機関向けの調達を担当するチームと役割を分けたところからPAは生まれたとの話をしましたが、その後も行政機関の契約案件へのコミットを経営層から求められることがあり、時に激しくぶつかり合うこともありました。

     

    中村:初めて目にした時は正直驚きましたが、逆に私は、PAが目指す方向がクリアになったので嬉しく思ったのを覚えています(笑)

     

    神谷:よく、「スタートアップが成長するためのベンチマーク」という言葉を聞くのですが、そもそも、PA活動自体が現時点ではベンチマークの対象になっていない。つまり、教科書に載っていません。だから、経営層もPAをどのように取り扱えば活かせるのかが分からないと実感していました。

    その中で当時、COOだけは「分からないで終わりにしたくない。自分で理解したい」とボールを投げかけてきたのです。官民連携やルールメイクが得意分野であったわけではなかったのに、正面から向き合ってくれました。それに対してこちらも逃げませんでした。社会インフラにする、そのために会社を成長させるとのゴールは共有できていると信じていたので、どちらかの主張に倒すのではなく、お互いのハコをそれぞれが突き破るためのやりとりを続けました。

    2021年1月下旬に作成した「TRUSTDOCK PA戦略」を当時インパクトの大きなものと捉えていなかったCOOは、その後「官と連携したルールメイクこそ重要であり、PAチームこそTRUSTDOCKの強み」と技術面でのサポートや社内での調整に奔走してくれ、ガイドラインのリリースの目処が立った時も誰よりも喜んでくれました。

    先ほど犬かきから平泳ぎの話をしましたが、このCOOの存在、サポートがなければ、私たちは犬かきさえままならなかったし、ガイドラインはもとより、下手をすればPAチーム自体も存続していなかったかもしれません。PAチームの一番の理解者であり協力者であったと感じます。

     

    --なるほど。経営層の理解があってこその活動ということがよく分かりました。

     

    神谷:もう一つポイントとなるのは、デジタル庁の存在です。デジタル庁の中には私たちの取組みを終始サポートしてくださった方々がいます。他にも多数の案件を抱える中、民間ガイドライン作成のタスクフォースに毎週参加してくださり、社会への発信も一緒に検討してくださいました。官民双方が「官民連携」の枠組みを大切にして進めてきたことも経営層の巻き込みで大きなポイントになると考えています。

     

    --どういうことでしょうか?

     

    神谷:そもそも本人確認には、本人確認書類というものが不可欠です。マイナンバーカードをはじめ、公的な本人確認書類は行政機関が発行しているので、本人確認を社会インフラにするためには、法制度への理解を深めることはもちろん、行政機関の考えや展開も踏まえて事業を展開しなければなりません。政府の戦略や計画との連携、そのための関係構築が不可欠なのです。「独特な世界だ」「よく分からない」と片付けてしまうと、会社として官民連携を進めることはできません。

    そんな中、タスクフォースに入る他社に目を向けてみると、経営層がガイドラインの重要性を理解し、ボードメンバー自らが会議に参加して事業成長に繋げている事業者もあります。このような姿を見ると、PA活動への関心や理解の広がりを実感しますし、PA活動が事業の成長へと貢献できる“確かな手応え”も得ています。ここはぜひ、PAを設置しようか検討されている経営者の皆様にお伝えしたいエピソードです。

    スタートアップにとってPAは必須の存在だと思う

    --民間ガイドラインのリリースを受けての感想や、周囲からの反応はいかがですか?

     

    神谷:リリースは一つの節目、ゴールであり、これからが本当のスタートと認識しています。つまり、使ってもらえるかどうか、使いやすい内容として受け取ってもらえるかがガイドラインの真価と考えています。

    マイナンバーカードの普及が急速に進み、その利活用に注目が集まっています。ガイドラインが役割を発揮するシーンも当初の想像以上に拡大することが想定されます。リリース後の反応がとても気になっていましたが、現時点では上々だなという風に認識しています。

     

    中村:ちょっと不安だったんですよね。ガイドラインって銘打っているものの、ご覧になってお分かりの通り、全然ガイドラインっぽくないじゃないですか。しかも、世の中にある情報をまとめてきたというのが今のステータスかなと思っていて、それに対して皆さんが「なんだ、こんなもんかい」って思われる可能性もあるかなと思っていました。でも、実際にリリースしてみると専門家にも事業者にも喜んでくれる人たちがいらっしゃることが分かりましたし、まずはまとめるっていうところが評価いただけてるんじゃないかなという風には考えてます。たぶんそこから、「とはいえ、なんかこれ使いづらいよね」とか「痒いところに手が届かないよね」みたいな意見が出てくると思うので、今後も現場の声に耳を傾けてより良いものにアップデートしていけたらなと考えています。

     

    --中長期的にはどんな取り組みにつなげていきたいですか?

     

    神谷:いくつかあります。まずは、行政手続ガイドラインと共通の内容にできるところは、共通化に向けた調整を進めていきたいと考えています。

    また、現在は法令に定めがないものの、厳格な本人確認をやっておかないと利用者・関係者に大きなダメージを与えてしまうような手続きサービスもあるだろうとは思っています。この課題に対応するためには、関係省庁や業界団体の方々のコミットが必要なので、その調整も進めていきたいですね。

     

    --ありがとうございます。それでは最後に、ここまで読んでくださった読者の皆さまにメッセージをお願いします。

     

    中村:私からは、PAは結構泥臭いですよっていうことをお伝えしたいなと。このガイドラインを作成する中で、PAチームのリーダーである神谷さん自らが、極めて丁寧にロジを回してきています。また、笠原さんが資料や情報としてまとめるものも、結構すぐに出てくるようにみんな思われがちなのですが、おそらくは膨大なインプットを業務時間外でやられています。僕は僕で知らないことだらけなので、常にインプットはしています。みんな結構泥臭いことをやっているわけですが、そこが面白いところでもあるかなと思っています。

     

    渡辺:先ほど神谷さんがおっしゃっていた「数値化できない」ところの話としては、たぶん行政経験が大いに関係しているんだろうなと思っています。というのも、中央省庁でも自治体でも、何かやろうとしたときに「100%みんなが賛成する」ということはほぼ絶対になくて、何か物事を決めていく際には例えば審議会とか検討会みたいなものを立ち上げて、様々な立場の関係者の意見を聴きながら、一つの方向性を作っていくみたいなことを日々行っているわけです。もしかしたらそこには行政特有のスキルみたいなものもあるかなと思いますし、そういう部分が今回の民間ガイドラインの策定に当たり、神谷さんがコーディネートしてうまくまとめたというところの背景にあるのかなと感じています。

     

    笠原:お二人がキレイにまとめてくださったので、僕の方からは特にありません(笑)最後に神谷さん、お願いします。

     

    神谷:スタートアップは、既存の法制度が整備されていなかったり、打ち破られることから生まれているサービスが多く、そうしたサービスは、早晩、行政機関や他の民間事業者等との連携、協働が必要になります。そのため、巻き込み力を有するPAチームが事業の成長に必須であると考えます。

    PAチームを設置するとした場合、「中央省庁出身の人を雇う」ということを考えがちで、もちろん中央省庁の人たちが活躍してくれるとも思うのですが、それだけではうまく回らないなとも感じます。渡辺さんのように自治体出身の方もそうですし、中村さんのように民間で官庁と連携する経験を持つ方もジョインすると、民から官への適切なアプローチを心得ているので、PA活動や官民連携の推進に大きく貢献できると思います。

    それと、笠原さんみたいな実力者はなかなか市場にいません(笑)。

    昨今ではリボルビングドアとか言われていますが、民間の方から官庁に入るっていう流れが結構出てきていて、官庁の方で経験を積んだらまた民間に戻るとか、官庁から民間に来て民間からまた官庁に戻るなど、キャリアの多様化が進んでいます。そうした人材にも注目してPAメンバーを採用していくことも、私としてはお勧めしたいと考えています。

    対談者プロフィール

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    神谷 英亮
    株式会社TRUSTDOCK
    Public Affairs室 室長

    新卒で新聞社(販売局)に勤務後、2006年4月法務省に入省。再犯防止施策を中心とする政策の企画立案のほか、大臣官房において省内の提出法案の審査や閣議案件の取りまとめなどを担当。
    20年12月TRUSTDOCKに入社しPublic Affairsチームを旗揚げ。アドバイザリーボードの設置、運営に加え、TRUSTDOCKの重点計画策定やプライバシーポリシーの改訂なども担当しながら、チームビルディングを進めた。22年5月、OpenIDファウンデーション・ジャパンにガイドラインタスクフォースの設置を提案。ガイドラインの取りまとめに至るまでタスクフォース全体の運営をリードした。21年9月から、千代田区の保護司を務める。

     

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    中村 竜人
    株式会社TRUSTDOCK
    Public Affairs担当

    大学・大学院で動物福祉について学んだ後、2013年から農業保険の団体で、保険制度の改正・創設に向けたシステム導入の推進や農水省との調整などを担当。2017年に流通系シンクタンクに転職し、 研究員として農畜水産物の流通やマーケティング分野を中心に調査・コンサルティングに携わる。 特に官公庁の委託事業を中心に調査・コンサルティングを複数実施し、2019年度にはプロジェクトマネージャーとして業務を推進。2020年からペット保険会社に勤務し、給付部門の企画職として決算・監査対応や保険金予測・予算策定、保険金実績に基づくデータ分析等を担当した。同年、監査法人系ファームへ転職し、コンサルタントとして福島県浜通り地域の農業復興支援を担当、被災地に入り込んでのコンサルティングを実施する。

    2021年10月、TRUSTDOCKに2人目のPA(Public Affairs)担当として入社。eKYCやデジタル身分証分野のルール形成のために、経産省の枠組みでの検討、アドバイザリーボードの運営、シェアリングエコノミー協会での実証に向けた整理などを行なっている。

     

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    笠原 基和
    株式会社TRUSTDOCK
    Public Affairs担当

    金融庁・外務省在シンガポール日本大使館(出向)で 1 5 年勤務する。金融庁では、制度部局を中心に銀行、市場、保険、F i n T e c h など金融分野全般の政策立案を経験。関係省庁・業界・有識者等の各所との調整、条文作成等の法律改正に関わる一連の過程を数多く経験。シンガポール大使館では、外交関連業務の他、東南アジア諸国の経済財政、デジタル・イノベーションの動向等に関する調査・分析に従事する。

    2022年3月にPA(Public Affairs)担当としてTRUSTDOCKに入社。共著に「銀行法」(きんざい)、「逐条解説2016年銀行法、資金決済法等改正」(商事法務)、「キャッシュレス・イノベーション:決済手段の進化と海外事情」(きんざい)などがある。

     

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    渡辺 良光
    株式会社TRUSTDOCK
    Identity事業部 GRコンサルティング

    1998年に栃木県庁に入庁し、24年間にわたって自治体行政に従事する。税金の賦課徴収、NPO活動の促進、自然環境の保全と利用、道路の管理、産業廃棄物対策、がん対策、公共交通政策等の業務を担当する中で、地域課題を解決するための様々なプロジェクトの立ち上げやマネジメントを行う。また、行政内部の組織や人事制度から文化振興、環境保全、保健福祉、学校管理、暴力団排除などに至るまで200本を超える条例や規則の制定や改正に携わるなど、自治体における法制度の整備にも精通している。DXに関する領域では、市町村や民間企業と連携しながら、路線バスの運行情報に関するデータ整備、自動運転バスの実証実験等を推進した経験を有する。
    2022年4月にTRUSTDOCKにGR(Government Relations)担当として入社。各自治体のDX推進を統括する担当課等とともに、地域課題を解決する取り組みを模索、実行している。

     

    (文/聞き手・長岡武司)

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