2019年5月22日に公布された「医療保険制度の適正かつ効率的な運営を図るための健康保険法等の一部を改正する法律」(以下、改正健康保険法)が、2020年10月1日に施行され、医療保険の保険者番号及び被保険者等記号・番号(以下、被保険者記号・番号)の「個人単位化」がスタートします。
これまでは世帯単位で管理され、被保険者と被扶養者が同じ被保険者記号・番号だったわけですが、今回の個人単位化に伴い、例えば医療機関にとっては個人を識別しての疾病履歴の参照等が効率的に実施できるようになることが想定されています。
今回の改正健康法施行により、個人情報保護の観点から、健康保険事業および関連する事務の遂行等の目的以外で、個人に紐づく被保険者記号・番号の告知を求めることを禁止する「告知要求制限」の規定が設けられることとなりました。これにより、本人確認書類として健康保険の被保険者証を受領および保管する際に、マスキング処理が必要となります。
本記事では、今回の改正健康保険法の施行に伴う企業の本人確認業務への影響等について、背景知識含めてお伝えします。
被保険者記号・番号の個人単位化の背景
そもそも、今回の被保険者記号・番号の個人単位化の背景にあるのは、医療機関受診時に、提示された被保険者証が有効か否かを即時確認できる「オンライン資格確認」の実施にあります。
これまでの「資格確認」業務の課題
そもそも、医療機関や薬局等で行われる「資格確認」とは、来院患者が加入する医療保険を確認する作業のことを示します。
これまでは、窓口で患者の健康保険証を受け取り、被保険者記号・番号のほか、⽒名や⽣年⽉⽇、住所等を目視確認して医療機関システムに入力するなどしていました。
しかし、この方法では入力の手間やミスの発生につながるだけでなく、来院患者を待たせることにもつながり、また高額療養費の場合は保険者に限度額適用認定証の発行を求めなくてはなりませんでした。
さらに、資格失効した健康保険証を提示して受診する患者が発生することで、医療機関や薬局等が請求した医療費の一部が保険者(健康保険証の発行元)から支払われなかったり、保険者自身が該当患者(元被保険者)の医療費を肩代わりしたりする問題もありました。例えば、企業で働いていた人物が、退職後も在職中の健康保険証を返還せずに使って診療を受ける、といったケースです。
「オンライン資格確認」開始で期待されていること
このような背景から、2021年3月から導入開始が予定されているのが、医療保険の「オンライン資格確認」です。オンライン資格確認とは、医療機関や薬局等で以下2種類の書類を用いて、オンラインで保険資格の確認ができる仕組みです。
- マイナンバーカードのICチップ
- 健康保険の被保険者記号・番号
全国民の資格履歴を一元的に管理し、上記2種類の書類を元に加入している医療保険等を即座に確認できるとして、具体的に以下4点の効果が期待されています。
- 上述の資格誤認による、医療機関や薬局等および保険者の事務コスト削減
- 高額療養費の限度額適用認定証の発行等に関する事務の効率化
- 特定健診結果や薬剤情報を照会できるシステムインフラの整備
- 保健医療に関するデータ分析精度の向上
被保険者証を個人単位に
そして、この「オンライン資格確認」の導入に向けた関連施策が、被保険者記号・番号の個人単位化となります。具体的には、これまで付与されていた世帯単位での付番に対して、追加で2桁の個人単位の番号が付記されるので、被保険者または被扶養者ごとに被保険者記号・番号が付与されることになります。
これまでは、医療機関や薬局等が患者の疾病履歴を確認しようとすると、本人以外に子どもや無職の配偶者など複数人が該当するので、個別にカナの氏名や生年月日などと突合させて情報を追っていく必要がありました。想像するだけで煩雑なオペレーションであることがわかります。
被保険者証が個人単位化することで、例えばこれまで「1」としか管理されていなかった世帯に対して、本人は「101」、配偶者は「102」などと個別に識別できるようになるので、疾病履歴の追跡等が飛躍的に向上し、より広域的な視点では、医療や保健、介護等に関するデータの突合と分析コストが飛躍的に下がることとなります。
「告知要求制限」とは?
この改正健康保険法における被保険者記号・番号の個人単位化に伴って、プライバシー保護の観点から、被保険者記号・番号の告知要求を制限する「告知要求制限」が設けられています。
つまり、健康保険事業とこれに関連する事務以外の目的、例えば民間サービス利用等における本人確認業務などで、被保険者記号・番号の告知を求めることが禁止されるということです。これに違反した場合は、勧告・命令や立入検査のほか、一年以下の懲役若しくは五十万円以下の罰金といった罰則も設けられています。
各企業による本人確認業務への影響
では、この「告知要求制限」の創設に伴う企業への影響はどうでしょうか。TRUSTDOCKのサービス利用各社にヒアリングをしたところ、各企業への告知タイミングは加入する業種や所属する業界団体によってバラつきがあり、金融業や古物商、不動産関連といった事業者への告知が、比較的早い印象でした。
被保険者証を本人確認の対象資料に加えている全ての事業者
以下が、被保険者証を本人確認の対象資料に加えている全ての事業者が、告知要求制限に抵触しないために対応するべきポイント2点となります。
- 各種被保険者証の写しをとる際には、当該写しの被保険者記号・番号等を復元できない程度に「マスキング」を施した上で保管する
- 各種被保険者証の被保険者記号・番号等を書き写さない
本人確認書類として各種被保険者証の提示を求めること自体は、従来通り問題ありません。ただしその場合は、あらかじめ申請者や顧客等に対して被保険者記号・番号等にマスキングを施すよう求め、マスキングを施された写しの送付を受ける必要があります。もし被保険者記号・番号等がマスキングされていない写しを受けた場合は、受けた事業者が、当該写しの被保険者記号・番号等を“復元できない程度”にマスキングする必要があります。もちろん、受け取った各種被保険者証の被保険者記号・番号等を書き写すのも禁止です。
もしも本人確認事項の記録などの業務で本人確認書類の情報を手元に控えをおいておく必要がある場合は、被保険者記号・番号等の代わりに、発行主体および公布年月日を記録するようにしましょう。
犯収法に準拠する特定事業者
事業者の中でも、犯罪収益移転防止法で定義される「特定事業者」については、上記2点に追加して、以下2点の対応も必須となります。
- 確認記録事項については、各種被保険者証等を特定するに足りる事項として、名称に加えて、発行主体および公布年月日を記録する
- 被保険者記号・番号等を復元できない程度にマスキングを施した上で、確認記録に添付する
ホームページやサービスページ等での案内に関する注意
事業者やサービスのホームページ、リーフレット、アプリ等において、本人確認書類として各種被保険者証等を用いる際の留意点を記載する場合は、被保険者記号・番号等の告知を求めているかのような記載にならないように気をつける必要があります。
例えば、従来から「各種被保険者証等の写しは、被保険者等記号・番号等がはっきりと分かるものを送付してください」といった記載をしている場合は、文言の修正が必要となります。
対象事業者の対応方針2パターン
これらの対応について、各事業者は、改正健康保険法が施行される2020年10月1日から順次実施する必要があります。
具体的には上図のとおり、これまで各種被保険者証等を本人確認書類の対象としていた事業者は、以下2点いずれかの対応を、2020年10月1日より順次実施することが求められます。
- 各種被保険者証等を、本人確認の書類から除外して業務運用する
- 各種被保険者証等へのマスキング処理を追加の上、これまで通り、本人確認書類として収集して業務運用する
TRUSTDOCKの「マスキング処理」オプションについて
この2020年10月1日に施行される保険証の新ルールにあわせて、TRUSTDOCKでは「個人身元確認業務API」および「個人番号取得業務API」において、「マスキング処理」オプション機能を提供いたします。
これは、身分証種別が「保険証」の場合のみ、該当箇所のマスキング業務を行うオプションです。これにより、事業者はマスキング処理済みの画像のみを取得することができます。
オプションの提供開始は2020年12月1日を予定しており、これまで各種被保険者証等を本人確認書類の対象としていて今後も対象書類として運用したい事業者は、新ルールが施行される10月〜12月の2ヶ月間はいったん種別「保険証」を対象書類から外していただき、12月1日以降の本番稼働以降で、改めて種別「保険証」を対象書類に戻していただく流れとなります。
保険証の除外をするか否かが、最初の検討事項
以上から、事業者側ではまず大方針として「今後、保険証を除外するか」を検討し、その後、TRUSTDOCKの「マスキング処理オプション」含めたシステム対応の検討が必要となります。
現時点で対応方針が固まっていない事業者、および対応方針は固まったものの具体的なシステム対応プロジェクトにまで落とし込めていない事業者は、ぜひTRUSTDOCKまでご相談いただければと思います。“本人確認のプロ”として、企業のKYC関連業務をAPIソリューションを通じてワンストップでご支援いたします。
また、eKYCソリューションの導入を検討されている企業の方々や、実際に導入プロジェクトを担当されている方々のために、TRUSTDOCKではPDF冊子「eKYC導入検討担当者のためのチェックリスト」を提供しております。eKYC導入までの検討フローや、運用設計を行う上で重要な検討項目等を、計12個のポイントにまとめていますので、こちらもぜひご活用ください。
なお、KYCやeKYCの詳細については、以下の記事も併せてご覧ください。
KYCとは?あらゆる業界に求められる「本人確認手続き」の最新情報を徹底解説
(文・長岡武司)